06.死刑宣告
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打ち上げ前、私は一度ギルドへ戻って来ていた。クエストの終了報告と、相談室の施錠という最後の仕事が残っていたからだ。ベティ達はクエストの報告へ、私はこうして相談室の施錠に赴いている。
ちなみに、ゲストで一番働いてくれたドラホスに関してはロビーで待って貰っている。
――誰も相談に来てなければ、鍵を閉めて帰ろう。打ち上げ、ステーキハウスかな? 買ったばかりの服だから、肉汁を飛ばさないようにしないと。
取り留めの無い事を考えながら、考え無しに相談室のドアを開ける。
開けて、心臓が止まるかと思った。
「やあ!」
「ぎゃっ!?」
人が居た。
まるで待ち受けていたかのように、部屋の中心に突っ立っていたのだ。それは相談者の佇まいではない。私が居ない事を知っていて、そろそろ帰って来る事も知っていて、そして待ち伏せしていた者の態度だ。
恐る恐るその人物の尊顔を視界に入れる。何と言う事だろう、執務室からあまり出て来ないと有名なギルドマスターその人だった。
相談室を貰って以来、どことなく毛嫌いしてしまっていたが、まさか本人が直々に会いに来るとは。まさか、相談室がお取り潰しになった、とかか?
警戒に敢えて気付かないふりをしているらしい彼は、顔色も明るく用件を切り出した。私が怯えている事など全く以てお構いなしだ。
「ちょっと君に伝えなきゃいけない事があって来たんだ。今少し時間いいかな〜? と言っても、1分も掛からない報告というか伝言みたいなものなんだけれどね!」
「と、言いますと?」
「君ね〜、明日はシャッフル・クエストだから」
「……は?」
「だから、シャッフル・クエスト! 明日は担当だから忘れないでよね〜」
――シャッフル・クエスト!? ば、馬鹿な……!!
驚愕に開いた口が塞がらない。
シャッフル・クエストと言うのはギルマスがくじ引きなんかで決める、適当な面子で指定されたクエストをこなすイベントの事だ。完全に悪ふざけ。意図も一切不明。
ゲームの時はランダムイベントでいつ起こるか分からないので苦い思いをさせられた事も多々ある。なお、パートナーを組んだ後にはシャッフル・クエストの対象には選ばれない。
痛む頭を押さえながら、ニコニコと楽しそうなギルドマスターに肝心な事を問い掛ける。
「すいません、私、誰とシャッフルされるんですか?」
「それはまだ秘密〜。明日、掲示板に貼出すから、忘れずに見てよね〜」
やはり当日にしか教えてくれないか。
クエストのメンバーによってはクエストクリアではなく、生き残る事を意識した立ち回りをする必要がある。つまり、メンバーによっては死亡イベントへと変貌する恐怖のギルマス悪ふざけ。それがシャッフル・クエストである。
「君、最近はクエストを受けてるって聞いたから期待してるよぉ」
――そうか、クエストを受けるようになったから、私にも死亡イベントが回って来たのか。
それはつまり、最早事務員扱いではなくなっているという事。私の給料は一体どうなっているのだろうか。後で確認しておこう。
悶々と考え込んでいると、ギルドマスターはひらりと踵を返した。本当に明日のシャッフル・クエストについて事前予告をしに来ただけのようだ。
「じゃあ、明日は頑張って〜。僕は応援してるよ、君の事をね。面白いし!」
なら危ないイベントに参加させるな。そんな気持ちは届く事無く、無情にも彼は相談室から去って行った。
仕方無く、鍵を取り、電気を消して相談室を後にする。施錠し、振り返ったところで本日二度目になる悲鳴を上げかけた。目の前に大男が立っていたのだ。
「どっ、ドラホスさん? どうしました、こんな所に」
「君が遅いから様子を見に来た。ところで、マスターが出て行ったようだが、君への用事か?」
「そうなんですよ……。実は――」
聖職者然とした態度のせいか、今起きた事をポロッと説明する。私の要領を得ない言葉を最後まで聞いた彼は、深く頷いた。
「それは不安な事だろう」
「私、大丈夫でしょうか。組んだ人の足を十中八九引っ張りますけど……」
「君は努力している。神はそれを見ているはずだ」
「それってつまり、私の実力ではどうにもならないけど、運が良ければどうにかなるとかそういう話ですよね」
「信心が足りない……」
無宗教国家・日本出身だぞ。そんな言葉には欺されない。
しかし、こうしている場合でも無いだろう。一旦、シャッフル・クエストについては忘れなければ。最後の晩餐になりかねないステーキハウスのステーキを美味しく食べる事が、最期の思い出となる可能性だってあるのだ。
「ともかく、戻りましょうか。ベティ達が待ってます」
「ああ、そうしよう」