2話 意外な相談者

04.蠢く泥の手


「じゃあ、具体的に誰が何をするのか決めとこうよ」

 ベティが悪い顔で手を打つ。それもそうだな、と一同が納得したのでドラホスが順当な役割振りを口にした。

「シキミは確か魔法が使えると聞いている。なら、泥の手を凍らせるのは彼女の役目だろう。残った我々で泥の手を砕くのがセオリーだろうな」
「まあ、私も魔法には自信無いからなあ。シキミが大変そうなら手伝う事にするよ」

 どうやらベティはある程度魔法の心得があるらしい。対してデレクはその首を横に振った。

「俺は氷系統の魔法とは相性が悪いな。粉砕係をやるよ。ドラホスはどうだ?」
「すまないが、私は一応僧侶なので攻撃魔法は使用できない。教義に反する」

 僧侶と名の付く彼等は基本的に攻撃用の魔法を使用してはならない事になっている。とはいえ、結局の所は本人次第なので無視して使う者もいれば、必要に駆られた場合は仕方無くという人物もいる。
 ただ、ドラホスは敬虔な信者なので攻撃魔法を使う事は無いだろう。

「とにかく、シキミ。お前一人に色々負担が掛かってるからさ、辛くなったら私に言いなよ。下手なりに手伝ってやるから」
「ベティって良い人だよね」
「なっ、何だよ急に……!」

 この殺伐としたギルドの癒やし達に囲まれながら、更に沼地の奥へと進む。足下がぬかるんでいるので、とにかく歩きにくい。

 ***

 沼地の最奥に到着した。
 あまり良い思い出の無いその場所を私はまんじりと見つめる。
 このスポットはクエストのボスモンスターがよく配置されているポイントで、毎回強い魔物と戦闘を余儀なくされた嫌な思い出が染みついた場所だ。リアルで訪れてみると、どことなくカビ臭く、死臭のような停滞した何かが漂っている。立っているだけで最悪の気分になれる場所だ。
 だが、何とも恐ろしい事にサツギルの作中でも何度か触れられているが、この沼地は埋め立てて新しい町を作る予定らしい。正気か。

 現実逃避をしていると、デレクが濃い水溜りを指さす。まるでカフェラテのような色をした、深さのありそうな池。どう見たってラスボスの住居である。

「うっ、ここ凄い臭いだな……。ともあれ、あれが今回のクエストの相手じゃないか?」
「もうここ以外あり得ないって感じだもんね」

 同意しつつ、私はカフェラテ色の沼に目を懲らす。そしてすぐに後悔する事となった。
 人間達に見つめられている事に気付いたのか、沼の中心点に鈍い水紋が走る。次の瞬間、沼と同じ色をした腕がにょろりと出て来た。人間の手だ。
 それを皮切りに次から次へと手が沼から生えて来る。それらは一様に私達に手招きをし、まるで沼の中へと誘おうとしているようだった。

 うわ、とベティが盛大に顔をしかめる。

「想像の倍は気持ちわるいわ」
「これは、池そのものが魔物って事になるのか? 泥の手……予想よりずっと大きいな」

 鳥肌が立ってきた、と自らの腕をさすっているベティの横で冷静な判断を下すデレク。ゲームの時からこの2人の相性は抜群だった。
 恐い顔を更に恐くしていたドラホスが口を開く。

「討伐を始めよう。シキミ、まずは君の出番だ。頼んだ」
「あ、はい。やってみます」
「気負わなくて良い。不可能であれば、皆で別の方法を考えよう。私達は仲間だ」

 ――ど、ドラホスさああああん!!
 あまりの善人ぶりに感動しながら魔道書の目次を見、該当のページを開く。私の覚束ない様子に彼の聖職者が何か言いたげな目をしたが、見なかった事にした。

「えーっと、これが、こうで……」
「シキミ? 大丈夫? 私も一緒に探そうか?」

 魔法の仕組みが分からず首を傾げる。幸い、泥の手は近づきさえしなければ、向こうから攻撃を仕掛けて来る事は無いようだ。
 魔道書を覗き込んだベティもまた、首を傾げる。

「あー、私も分かんないわ。魔法使う時はあれ、杖だしな。私。こうぱーっとして、ボワアア、って感じじゃないの?」
「天才肌の説明は凡人には理解出来ないと思うの」
「シキミちょっと怒ってる?」

 見かねたドラホスもまた、魔道書を覗き込んで来た。

「シキミ、恐らくそのページは氷の刃を生成する魔法のページだ。もっと前の、地表を凍らせる魔法のページまで戻ると良い」
「あ、行き過ぎてたんですね」

 討伐が始まるまでにまだ時間が掛かりそうだな、とデレクが小さく溜息を吐いた。