2話 意外な相談者

02.強面の聖職者


「邪魔をする」

 静かで、それでいてどことなく神聖さを感じさせる声音。テノールボイスの聖歌が上手そうな男性の事は、声を聞いただけで分かった。2連続でモブ以外の既存キャラクターがやって来た事で、思考が中断させられる。
 慌てる心を抑えつつ、私は神聖なその人物に返事をした。

「あ、いらっしゃいませ」

 カーテンの向こう側に座った人物は、非常に巨躯だ。小さな窓ではシルエットが全く収まりきらない。
 彼の名前はドラホス。強面の聖職者で、見た目とは裏腹にとても心優しい人物である。デレクとは違った善人さを持ち、あまりにも清廉潔白な人物過ぎて彼のシナリオが終わる頃にはすっかり洗脳をされたプレイヤーは数知れないだろう。
 ちなみにちゃんと攻略対象だ。攻略後はギルドでクエストをこなしつつ、教会での奉仕活動が可能になる。
 ただし、彼はその強面に似合わず、かなりの小心者だ。あまり頼りにし過ぎると彼の胃に穴が空いてしまうので気を付けよう。

「突然来てすまない」
「あー、全然大丈夫ですよ。うち、特に予約制ではないので」
「そうだったか。いや、私はただのお遣いなのだが……」
「私にですか?」
「ああ。ベティとデレクが君をクエストに誘いたいそうだ。私も同行させて貰うので、呼びに来た」

 ――今回は助っ人を用意したのか。
 あまりにも前回の私が使えなかったからだろう。妥当な判断と言える。苦笑しつつ、私は立ち上がった。

「すぐに行きます」
「そうか。心の準備をした方が良い」

 聞いた事のあるドラホスの台詞にふと足を止める。これは何を意味していたのだったか。プレイヤーとしてシナリオをプレイしていた時、「何だこんな事か」と思ったのは覚えているのだが――
 深く考えず、歩みを再開して隔離された部屋から、相談者の居る部屋へと移る。目が合ったドラホスの険しい顔を見て、何のイベントであったのかを思い出した。

 これは確か、ヒロインが初めてドラホスと出会った時に起きるイベントだ。心優しい聖職者は自身の強面をとても気にしている。対し、ヒロインはそんな彼を見ても特に驚かず、そこから親睦を深めて行くのだ。

 思い出したからと言って、私の行動は特に変わり無かった。
 何せ、現代日本は道徳社会。折角呼びに来てくれた初対面の仲間の顔を指して、顔が恐いからどうのという失礼な人間に育てられた覚えは無い。造形が何だと言うんだ。交友関係に強面であるかどうかは関係無し。

 しかし、私にはその心構えがあっても何気に小心者なドラホスには心の準備が整っていなかったらしい。私と見つめ合ったまま、数秒が経過し、そしてようやく時が動き出す。

「……初めまして。私はドラホス。知っているかもしれないが、近くの教会に勤めている」
「初めまして、私は――ええ、シキミです」

 言いながら握手を交わす。ドラホスの手はかなり大きい。衝立の向こう側に居た時は初対面の挨拶をしなかった彼は、恐らく私と面と向かって挨拶をしてくれたのだろう。何て紳士的なのだろうか、トキメキが止まらない。
 尊さを噛み締めていると、聖職者は早速本題に入った。

「ベティとデレクはロビーにいる。私達も急ごう」
「はい」

 ***

 ベティ達の姿はロビーへ行けばすぐに見つかった。2人で頭を付き合わせ、数枚の紙切れを前に熱い議論を交わしているのが伺える。かなり距離は近いが、2人共、机に並べた紙面を見ているので距離感に気付いていないようだ。
 ――うん……尊み……。
 胸を押さえ、ヒロインとメインヒーローのベストショットを心のシャッターを切り、保存する。リアル1枚絵。これ程ありがたい事は無い。

「話し掛け辛いか?」
「はい?」

 不意にドラホスがそう訊ねて来た。彼の視線は私へと向けられている。
 数秒して、「ベティとデレクに声を掛け辛いか?」、と聞かれている事に気付いた。滅相も無いので慌てて否定する。

「あの2人、良い感じですよね。見ていてほっこりします。私、幸せ者ですね!」

 そうか、とドラホスは目を細めた。優しげな表情だ。

「私は他人の幸せに、幸せを感じる事が出来る君の感性こそ、素晴らしいものだと思う」

 ――ド、ドラホスさああああん!!
 まずい。私は特にドラホス信者ではないが、あやうくドラホス教に入信してしまうところだった。心を強く持ち、落ち着かせる。そう、私はオルヴァー推しメンの女。いくら尊い存在であるドラホスでも、それを止める事は出来ない。