3話 唐突な強化合宿

15.篠坂さんと愉快な仲間達


「おい! 取り敢えずテキトーに別れろ! 付いてくるんじゃねぇよ!!」

 走り出して僅か1分。そう声を張り上げたのは海崎だった。適当に別れろと言う辺り、一応日比谷の提出した急場凌ぎの案には乗るつもりのようだ。了承の意の返事がチラホラと上がり、それとなく近くに居た面子で固まってそれぞれがそれぞれの方向へ走り出す。
 依織もまた、目の前の背中を取り敢えずの目標として真っ直ぐと駆け出した。『瞬間移動』の回数は限られている。追い詰められるまでは使用しないのが吉だろう。

 一瞬だけ生まれた謎の余裕。それとなく周囲の様子を確認する。
 特に熟慮して付いていく集団を選んだ訳では無い。一瞬前までそんな余裕は無かった。しかし――この面子は正直に言うと微妙過ぎる。

 自分と同じ方向へ逃げ出した面子を見て、目を眇めた。前には天沢悠木と日比谷桐真の2人が走っている。
 少し離れた所には篠坂芳埜と海崎&神木。更に離れた所では鈴音と京香が駆けて行くのが見える。
 ――鈴音ちゃん達のところ、大丈夫……?
 武闘派では無さそうな2人が寄り集まってしまった。しかし、これは隠れ鬼。大人しく出来る人物の方が幾分か有利な可能性もある。まずは自分の心配をした方が良さそうだ。

 ***

「――依織……」

 走りながら篠坂芳埜は首だけを動かして背後を見た。友人の姿は見えない。違うグループと一緒に逃走してしまったようだ。正直、多大な不安がある。ありはするが、何となく強かに上手い事やってくれそうな気もする。

「おい、次! 右に曲がるぞ!」
「なあ、海崎。これさ、何を頼りに進んでる訳?」

 先程から道順の指定をずっと海崎がしている。対し、いつも一緒に居る場面が見られる神木が心配そうに訊ねた。あまりにも堂々としているので、何か企みがあるとは思うのだが。
 ふん、と鼻を鳴らした海崎は問いにあっさり答えた。その手には小さなメモを持っている。意外にも丁寧且つ流麗な字で書かれた、自前のメモ帳。

「ここは昨日通っただろうが」
「すげ、メモしてんのかよ……」
「うるせぇな、どうせ合宿中はこの近辺を使うんだ。覚えといて損は無い」

 それは覚えていると言うより書き記している、というのが正しいのではないだろうか。思いはしたが野暮だと思ったので、思うだけに留めた。
 程なくして、どこか目的地があったと思われる海崎の足がピタリと止まった。昨日と言えば食材探しのグループ課題だった。芳埜自身は別のグループに所属していたので、海崎達が昨日通った道に関しての知識は皆無である。

「ここは?」
「あ、篠坂さんは昨日いなかったね。ここほらあれ、食材が置かれてた場所だな、多分」
「あー、成る程ね。って事はこの道も真っ直ぐ行けば合宿所に戻れるって事か。一本道」

 余談だが昨日使った地図は教師陣に返した。であるので、海崎の意外にも繊細なメモはかなり役立ったと言える。
 周囲を見回してみるも、程よく開けていて鬼の急な襲撃の心配も無い。非常に休憩するのに良い場所であると言えるだろう。

 走るのが嫌になったのか、海崎が地面に座り込む。周囲は徐々に暗くなりだしており、都会の喧噪からも離れているからか酷く静かだ。
 何となく黙っているのも気まずかったので、クラスの暴君、海崎晴也に声を掛けてみる。純粋な好奇心というやつだ。

「お前、案外冷静だな。あたしはてっきり、猪みたいな思考回路でもしているのかと」
「あ? 喧嘩売ってんのかテメェ。……こんなん、当然のことだろ」
「そういうもんかね。まあ、あたしは助かったから良いけど」

 一方で海崎とセット扱いされている神木はと言うと、落ち着き無く周囲を見回している。彼は何故、この学園に入ったのだろうか。あまり向いているとは言えない。

「な、なあ、海崎。篠坂。何か……足音とか聞こえない?」
「え?」

 ひえ、と怯えた声を上げる神木を黙らせ、耳を澄ませる。
 どうして今まで気付かなかったのだろうか。敢えて存在を報せているような、態とらしい足音。この態度からして、自分達がここで休んでいる事は向こうにはバレバレ。そもそも隠れているつもりは無かったが、それでも足音しか聞こえない段階で場所を特定されているのは実に恐ろしい事だ。

「海崎、どうする? 迎え撃つ?」
「お前意外と好戦的だな。チッ……どうすっかな。タコ殴りにしていいのなら――」

 教師とは言え畳んでおくか、とそう小さく呟いた海崎の目が好戦的に輝く。自らの実力を正しく把握している人間の自信のようなものが垣間見えて、芳埜はうっすらと笑みを浮かべた。
 自信に溢れている人間は嫌いじゃ無い。