3話 唐突な強化合宿

14.隠れ鬼


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 その後、運動に座学にあれよあれよという間に時間が過ぎて行き気がつけば太陽の傾く時間帯になっていた。夕焼け色に染まり始めた空に哀愁すら感じる。時刻は午後4時を回った。今からはチームワーク課題の時間だろう。
 今日1日を何とか生き残れた事を、今まで存在すら忘れていた神に祈りつつ担任の指示を待つ。合宿所の前ではクラスメイト達が次に出される課題について熱い議論を交わしていた。

「よう、依織」
「芳埜。どうしたの?」

 姿を眩ませていた芳埜が不意に手を振りながら近づいて来た。彼女は非常に元気で、今日のハードスケジュールをこなしてもどこ吹く風。余裕の振る舞いを同級生達に見せ付けていた猛者である。
 そんな彼女は機嫌良く笑うと「別に」、と声を漏らした。

「見かけたから呼んだだけさ。今日は仲良い連中がみーんなバラバラでつまんなかったし」
「そうだね。柳楽先生の差し金かな? でもあの人、クラスメイトの仲良しさとか知らなさそうだけど」
「どうかな。うちの担任は結構、神経質だと思うけど」

 芳埜の言葉を聞き返す直前。ふらりと生徒の前に姿を現した柳楽理人によって、疑問は一度中断させられた。
 どうやらチームワーク課題を発表しに来たらしい。正直、朝の基礎体力授業に比べたら課題なんて温いものだ。何せ、クラスメイト全員が対象なので視線と役割が分散される。一人一人の働きなど、所詮さして重要では無い。

 特に課題において貪欲に手柄を取り立てる気も無い依織は気楽な調子で話しに耳を立てていた。

「それじゃ、今日最後の課題を発表するかな。課題は『隠れ鬼』だ」

 今回はあまりざわつかなかった。流石に鬼ごっこだったり狼ゲームだったり、色々経て今日のこれなので目新しさはない。それを分かっているのか、担任は淡々と内容について口を開く。

「鬼は3人。合宿所の範囲内であればどこに逃げても良い。時間まで逃げ切ればお前等の勝ちだ」

 ――酷く嫌な予感がする。
 これ、クラス単位でのチームワーク課題だが、誰が『隠れ鬼』の『鬼』をやるのだろうか。担任は手ぶらだ。今日はくじすら持っていない。
 今日は全く見かける事のなかった天沢悠木が恐る恐る手を挙げる。半ば、質問の問いを確信したかのような目で。

「柳楽先生、えーっと、鬼は……誰? でしょうか」
「お察しの通りだ。俺と――あと、イリニから借りてきた社員2人。まあ、会った奴は何人かいるだろうな」

 グルルルル、と獣のように不機嫌そうな唸り声を上げたる海崎晴也。どうやら彼はイリニ社員と思わしき2人と出会ったようだ。というか、いくらイリニ・カンパニーと提携しているとはいえ、ダイレクトに社員を送ってくるのか。意外である。
 不審な、怪訝そうな空気が流れる中、柳楽が好戦的に笑みを浮かべるのが見えた。

「ま、相手は大人だ。勿論、逃げる為にスキルを使ったって良い。何なら、先生達に思い切り攻撃してきて良いぞ。ま、従来の鬼ごっこと同様、タッチされたら捕まった事になるが。ああ、あと。今回は個人成績じゃ無いんでね。生き残っている人数分、成績に加算される。一人で生き残ったってボーナスは出ないぞ」

 ――スキルを人体に当てる許可があっさり下りた。
 狼ゲームでさえ、出来るだけセンサーへの攻撃と定められていたと言うのに。というか、心の未熟な高校生にどこまで許可を出すつもりなのだろう。まるで戦闘訓練だ。

 別の問題へ飛びかけていた意識が、柳楽の言葉で戻る。彼はストップウォッチを取り出すと、開戦の合図をした。

「それじゃ、今から10分後に俺達は動き出す。好きな所に逃げて良いぞ。よーい、始め!」

 打ち合わせも何もする暇無く、クラスメイトの半分がごっそりと逃げて行った。大人数生き残った方が成績にとっては良いので、てっきり開始5分くらいを使って、ミーティングでもするものと思っていた。よって、逃げ出した半数を呆然と見送る。
 後に残ったのはある意味、非常に顔見知り、全体的に関わりのある連中だった。
 自分を含んだ昼食組4人に加え、日比谷と海崎、神木に天沢。何という微妙な面子。特に海崎と神木に至っては人となりをよく知らないレベル。

 微妙な空気が流れる中、口火を切ったのは意外にも日比谷その人だった。

「おい、取り敢えずこの場から離れながら考えるぞ。もう1分経った」
「テメェ、仕切ってんじゃねぇぞ日比谷!」
「はあ? 別に仕切っては無いだろ。単純に、何人かに別れて逃げた方が効率的だと思っただけだ」

 ――話が! 進まないッ!!
 一言言葉を発しただけでこの有様。固まって逃げるのは良いとして、この2人は馬が合わないので離しておいた方が得策だろう。
 慌てたのか、鈴音が割って入る。

「と、とりあえず日比谷くんの言う通り、反対方向に逃げようよ! こんなすぐ近くにいたら、捕まっちゃうし……」
「構わんと、うちらも行こうや。誰か一人走り出せば着いてくるやろ、人間心理ってやつで」

 言うが早いか、京香が駆け出す。残って日比谷と海崎の喧嘩を見るのも忍びないので慌てて依織はその背を追い、駆け出した。こんな所に一人取り残されて鬼の餌食になるなど冗談では無い。