3話 唐突な強化合宿

12.保護者会議


 ***

 合宿2日目、午前5時半。
 うんざりした気持ちで柳楽理人は時計を睨み付けていた。周囲には合宿の為に招集したイリニ・カンパニーの2人が鎮座している。彼等とは知らない仲ではないが、睡眠を妨害される程、無礼な後輩として育てた訳でも無い。

「――で? 俺の安眠を妨害した理由が下らない理由だったら覚えとけよホント」
「柳楽先輩、そういうところがありますよね」

 そう発言したのは御神楽真白だ。恐らくは今の言葉に反応した上での発言なのだろうが、その双眸はどこか虚空を見つめている。とはいえ、これもいつもの事なのだが。
 そんな彼女とツーマンセルを組んでいるもう一人、海崎達を何故かボコボコにしてくれた男――月島青葉が緩く首を傾げる。ここ2人は人の心をいうものを失っているタイプなのでいちいち仕草が分かり辛い。

「担任をやっていらっしゃるという事で、生徒より早起きするものかと思いまして。僕達の伝達を聞いた上で、次の仕事を始められた方が効率的かと」
「あーあー、お前もそういうところがるよな。分かった分かった、聞くから手短に頼むぜ。俺は7時までぐっすり爆睡する予定なんだから」
「え? 結構寝ますね、先輩」
「当たり前だろ、7日間だぞ。毎日5時半起きとか冗談じゃ無い。というか、お前等の顔触れを見てると、イリニの仕事に行かなきゃならない気分だ」

 ――どうせ大した話では無い。
 そう一瞬前まで考えていた。恐らく、学園という平和な場所で長らく過ごしていたからだと思う。イリニ・カンパニーというイレギュラーな組織が常人から見れば異常過ぎて理解の及ばないものである事をすっかり忘れていた。
 そんな訳で、何の構えも取っていなかったというのに急に素手から鈍器で殴られたかのような衝撃のある言葉。それを躱す術など持ち得なかった、というのは勿論言い訳だ。
 事も無げに御神楽が用件を口にする。それはスーパーに寄ってお遣いをして来てねという母親くらいの気軽ささえ伴っていた。

「実はこの合宿所、近くに犯罪組織の拠点があるとか無いとか。確証の無い情報なので、私達が派遣されて真偽の程を確かめに来た訳です」
「えっ? あ、は? い、いやいやいや。お前等を呼んだのは俺だろ。名指しして」
「そうですけど、言っちゃ何ですが私達ってイリニのエースに程近い存在じゃないですか」
「お前よく自分でそんな事言えるな。まあ、否定はしないが……」

 ただし序列には『同列』というものが存在する。彼女がよしんばエースという不確かなものだったとして、似たような存在が数十名はいる事だろう。
 話が逸れるのでそれには突かず、頭を抱える。

 ――こっちは学生しかいねぇんだぞ……。
 一抹を通り越して多大な不安に襲われる。超実力社会、その最先端を生きてきた彼女等は自らの発した情報に何も疑問を覚えていないようだ。そんな危険地帯に、まだ『社員にはなっていない』学生を放り込む事が許されるはずがない。
 下手したら責任問題、明日の朝刊とニュースで吊し上げられる事は必至。冗談では無い。

「……合宿、自粛すっかな」
「何を言っているのですか。1年とはいえ、彼等、全然話になりませんでしたよ」

 口を割ったのは青葉だ。何を言っているんだ、と本日何度目かになる台詞を心中で反芻する。人を平気で害しうる犯罪者の巣窟となっているかもしれない場所に、学生を置いておけるものか。

「問題ありません。その為に我々は派遣されて来ました」
「2人しかいねぇだろが……」
「それにまあ、あくまで可能性の話。生徒には連絡機器を携帯させておく、という事で。そもそも、これだけ集団で行動しているのに何か起きる方が可笑しいというもの」
「可笑しいのはお前の頭なんだよなあ」
「というか、どのみち上司からの命令です。この合宿を取り止める事は出来ない」
「マジか。あいつら頭の中に蛆でも湧いてんじゃねぇの……」

 エースと言えど、所詮は組織の手足。上司の命令を覆すには実質的な権力が足りないようだ。正気とは思えないが、上からの命令という事は何かあった時は上に丸投げで良いと言う事と解釈しよう。前向きは大事。
 朝礼の伝達事項に連絡機器を常備させる事を書き加えつつ、盛大に溜息を吐く。

「どうせ何も起らずに終わりますよ」
「お前それフラグだからな」