3話 唐突な強化合宿

11.カレーが異様に美味しい


 ***

 依織はぼんやりと出来上がったカレーライスを口の中へと運んでいた。
 あの後、続々と他の班も到着。料理が得意なクラスメイトの指示でカレーライスを作成し、今は外に置かれたテーブルに数名で腰掛けて夕食を摂っているところだ。ただのカレーなのだが、不思議と非常に美味しい気がするのは何故だろう。

 ――だが、それとは別に。
 脳内の芯を襲う鈍い痛みに顔をしかめる。少々無茶をしたせいか、警告のような鈍痛がズキズキと頭を襲っているのが分かった。調子に乗らなきゃ良かったと思ったが完全に後の祭りである。

「依織、具合でも悪いの?」
「ああうん、ちょっと、頭痛持ちで」

 隣に座っていた芳埜がやや心配そうに訊ねてきた。簡潔に答え、再度カレーを口元へと運ぶ。あまり食欲は湧かないが、しっかりと食事を取っておいた方が良いと何となくそう思ったのだ。

「頭痛ねえ、あたしはあんまりそういうのと縁が無いからさ、薬も持ってないわ。後で救護室にでも行ってみなよ、まだ帰れないし」
「そうだよね。まあ、あまり効き目は期待出来ないけど」
「そういうものなの?」
「そう、そういうものなんだよ」

 記憶は定かでは無いが、今まであらゆる頭痛薬を試した。基本的に頭の出来はポンコツなので薬局の店員さんに薬の種類を教えて貰った事もあった――はず。それなのに何故か市販の薬は全く効き目が無かった。
 唯一効いたのは確か、病院へ行った時だ。採血だ何だと色々身体を弄くられた挙げ句に出されたそれ。値段が高すぎたので1度買って以降は服用していない。実に法外な高値の薬だったと思われる。まさかとは思うが、健康保険が適用されていないのか?

「あ、担任だ」
「柳楽先生?」

 芳埜の間の抜けた声で我に返る。そういえば彼の存在をすっかり忘れていた。
 食事をしているテーブルの前に立った柳楽はその手にプリントを持っている。何か用事があって現れた事は明白だ。

「総評するぞー」

 心なしか若干疲れた声で、全く唐突に柳楽がそう切り出した。クラスメイトが対応に困っているのを気にする様子も無く、担任は淡々と用件を告げる。

「食材探し、3つくらい面倒事があったと思うが――」

 前置きを口にする担任に対し、ヒソヒソとクラスメイトが囁いているのが不意に聞こえた。

「柳楽先生、ここで待ってるって言ったのに最後の食材前で普通に襲いかかって来て焦ったわ……」
「ぶっちゃ先生、強いん?」
「強かったよ。普通に歯が立たなくて、でも食材は持たせてくれた」
「ああ、うちとちょっと似てるかも」

 ――あ、だから宿舎に戻った時に先生居なかったんだ。
 妙に納得。

「あー、多分、最後の食材前に教師じゃ無い連中と当たった班があったようだが……。イリニの社員だった。流石に分が悪いだろうと思って勝ち負け関係なく、報酬を持たせたが負けたという事実には変わりないから次からはもっと考えて立ち回りしろよ」

 べきっ、と破壊的な音が背後から聞こえた。息を潜めてそろっと後ろを見る。顔を引き攣らせた海崎晴也が片手でスプーンを真っ二つにした音だった模様。ぞっとして息を呑みつつ、何も見なかったかのように目を逸らす。負けたのかな。

「それでだ、明日からだが――三代先生に難易度を見直すよう言われた。俺としてはこのくらいで丁度良いと思ってたんだがな。考え直すわ」

 悲鳴とも着かないどよめきが巻き起こる。ちょっと歩くのだったり面倒な障害物だったりが面倒臭いなと思ったのは自分だけではなかったようだ。依織はこっそり安堵の溜息を吐いた。
 尤も、難易度は見直すと柳楽その人が宣言してしまったので何も安心できる要素は無いのだが。

「明日の日程だが、さっき見直すつったからな。飯食って準備して早く寝ろ、以上だ。夕食片付け後には自由にして構わん」

 チラホラ上がる返事の声。
 それを聞きながら、最後の一口を飲み下す。とにかく早く風呂に入って寝よう。片付けも速やかに終えたいが、まだまだ食事を楽しんでいるクラスメイトもいるようだ。自分の食器だけ片付けるという訳にはいかないのだろうか。

「依織」
「あ、どうしたの? 芳埜」
「あたしが片付けしといてやるからさ、早く戻って休んで良いよ」
「えっ。でも、悪いし……」
「いや、あと1週間くらい合宿やるんだぞ。1日目で疲れ過ぎだろ、倒れられたら困るわ」

 芳埜から持っていた皿を取り上げられた。その行動に感謝と感動しつつ、僅かに頭を下げる。

「ごめん……。ありがとう」
「おう、さっさと行きな。他の連中に見つかったら難癖着けられそうだ」