3話 唐突な強化合宿

09.日比谷家


 ***

 時刻は少し遡る。16時より少し前の時間。
 天沢悠木が所属していた例の一行はどのグループよりも先に宿舎へと戻って来ていた。一番だったのは意外だが、その内他のグループも戻って来る事だろう。

 最初に戻って来たのは良いが、戦利品は米のみ。何も出来ないので仕方なく米を炊くセットをした後は、皆思い思いに過ごしているようだった。他グループへ助っ人へ行く事も考えはしたが時間が時間だったので止めておいた。無駄になりかねない。

 周囲を見回してみる。如月と篠坂は木製のベンチに座って談笑を楽しんでいるようだ。とはいえ、何故か如月の方はぐったりと疲れているのが伺えるが。
 自分を含む男子3人は完全に個人行動。九条に至っては姿が見えないし、日比谷はぼんやりと座って考え事をしている。

 そういえば、日比谷、如月は学園とは関係の無い方向性の知り合いらしいが本当だろうか。日常生活で互いに何かを話している姿はあまり見られない。今日も今日とてギクシャクしているようだった。
 ――1週間この調子だと、如月さんが参っちゃいそうだなあ……。話、聞いてみようかな。今暇だし。
 自らのお節介性を正しく理解している悠木だったが、それを受け入れた上でやはり話を聞いてみようと腰を浮かした。折角のグループワークだ、クラスメイトの事を知るには良い機会に違いない。

「……何だ?」

 近づくとすぐに気付いたのか、日比谷が顔を上げる。眉根を寄せているが、邪険にはされていないようだ。

「あーっと、今暇だから少し話しでもしようかと」
「話? 俺と?」
「ああ、うん」
「手短にな」

 ――意外っ! 話を聞いてくれる!
 突っぱねられたら大人しく引き下がるつもりだったが、話は聞いてくれるようだ。自分から話し掛けておいて何だが、驚き過ぎて一瞬言葉を失った。日比谷その人から怪訝そうな目で見られる。

「えっと、ここだとアレだから、その、ついでに水汲みもしようかなと。ほら、米を炊くのに水使ったよね?」
「ああ、一人じゃ重いもんな。変な言い方しなくても、そのくらい手伝うから」

 何か誤解をされているが、それでもあっさり水汲みも手伝ってくれるらしい彼は立ち上がった。そのまま水汲み用のポリタンクを2つ手に取る。その1つを手渡された。

「おい、どこ行くんだよ」
「うわっ!」

 こそこそと日比谷を連れ出そうとしていたら篠坂芳埜が思いの外大きな声を掛けて来た。吃驚して肩が跳ねる。見れば、如月依織の方もまた盛大なリアクションに目を細めて首を傾げている。

「あ、ああ、水汲みに!」
「ああそう。あたし等は行かなくて良いんだよな?」
「いいよいいよ、休んでて! お疲れみたいだし」
「はいよ、ありがとさん」

 そう言ってひらりと手を振った篠坂は再び如月との談笑へと戻って行った。ほっと胸をなで下ろす。

「おい、行くぞ。裏の水道に行けば良いんだろ」
「そうそう」

 歩き出した日比谷の後に続く。食材探し中とは違い、その足取りは穏やかだ。話し掛けるチャンスは今しか無い。

「日比谷くんに聞きたい事があるんだけど……。如月さんとは、知り合い?」

 一瞬だけ日比谷の足取りが鈍った。注意して見ていなければ気付かなかっただろう。彼は何事かを考えるように一拍だけ黙り、口を開いた。

「幼馴染みってやつじゃないのか。最近は疎遠だったけど。それで? 何で急にそんな事を聞くんだ」
「あ、うん、えーっと、今日は一緒に課題をやったじゃないか。それで、如月さんとギクシャクしているみたいだったから」

 そう言って日比谷の表情を盗み見る。会話をしている相手を一切見ない彼は、やはりこちらを見ないまま少しだけその目を伏せた。

「ああ……。言われてみれば、そうかも、しれないな」

 白黒はっきりさせるのが得意な彼が言い淀んでいる様は非常に珍しい。これ以上、何かを聞き出すつもりは無かったのだが意を決して更に踏み込んだ質問をする。一言一句、全てに力を込め、訊ねた。

「何か焦ってる事でもあるのかな? クラスメイトだし、悩みなら聞くよ」
「え? ああ……。悩み――」

 口を噤んだかに思われたが、胡乱げな目をした日比谷は問いに対しポツポツと回答を述べた。やり過ぎた、聞き込み過ぎたという罪悪感が僅かに頭をもたげる。

「あー、重苦しい家庭事情の話になるからかなり省略するが……。俺には兄と姉がいる」
「あっ、結構兄姉がたくさんいるんだね。日比谷くん」
「昔の話だけどな。姉貴は行方不明で……」
「はい!?」

 聞いておいて何だが、重苦しいとかいうレベルを超越した話になってきた。こんな事、最近知り合ったばかりのクラスメイトに話すような事では無い。明らかに効き過ぎている。
 反省しつつ、言い出したのは自分なので冷や汗を掻きながら相槌を打った。

「俺も詳しい事情は分からねぇ。でも、兄貴のやらかした『何か』のせいで姉貴が居なくなって、それで――気付いたら親父もいなくなってたし、母親も何か居なくなってた」
「ご、ごめん。変な事を聞いてごめんね! え、というか事情よく分かってないの? 日比谷くん……」

 ざっくりと説明されたが、それは家庭が急に崩壊して末っ子である日比谷桐真だけが残された、という状況なのだろうか。生活はどうしているのか疑問に思ってしまい、それとなく訊ねる。悪いとか良いとか以前に、彼の生活スタイルが心配で堪らない。

「日比谷くん、どうやって生活しているの? 不謹慎で悪いけど……」
「祖父母に世話になってる。父方のな。つっても、一緒に住んでる訳じゃなくて、生活費を出して貰ってる感じだが」

 ――これは……僕と言うより、部外者がどうこう言える問題じゃないぞ……。
 あわよくばお悩み相談からの改善を考えていたが、甘かった。他人が口出しして良い問題では無いし、何より不謹慎。本人が外部に助けを求めない限り、触ってはいけない領域だ。