3話 唐突な強化合宿

07.ぞっとする一言


 ――と、そう考えたが現実はそう甘くなかった。
 考え無し、全く不用意に三代の背後へジャンプ。平手打ちの要領で手を払ったところ、それはあっさりと空振りに終わる。というのも、先程芳埜が述べた通り彼にはサブスキル『未来視』シリーズのどれかを持ち合わせているようで跳ぶタイミングを見切られ躱された。

 スキルを無駄撃ちした事に絶望しつつ、依織の方へくるりと振り返った三代から距離を取る為、再びスキルを起動。距離を取る。

「ナイス、如月さん!」

 全く役に立たなかったように思われたが、囮としての役割は果たせたらしい。天沢が謎の感謝をしてきた。というか、メインとして身体を張るつもりだったが、何故か囮役となっていた事に絶望を隠せない。どこまで要領が悪いのだろうか。

 ともあれ、依織が撃ったテレポート攻撃を躱して若干隙の出来た三代へと天沢が殴りかかる。心根の優しい同級生だと勝手に思い込んでいたが、振るう拳に困惑する程躊躇いが無い。意外にも好戦的なのだろうか。
 ――が、勿論読まれていたようで三代がそれを躱す。

 そこへ日比谷が飛込んで行った。ただし、こちらへ指示を出しながら。

「依織、もう一回だ」
「えっ? あっ、はい!」

 スキル2つの同時使用。
 影を伸ばすと同時に凍てつく空気を体外へと放出した日比谷は更に依織への的確な指示をも口にした。まさにマルチタスクの鬼。
 やや顔をしかめた三代は日比谷の冷気を帯びたスキル攻撃を敢えて受ける事に決めたようだった。影だけを軽やかに回避、冷気は『防御』系のサブスキルで、受ける。

 立ち止まった瞬間を見逃さず、依織は地を蹴った。
 それと同時にガラスが粉砕するような音が鼓膜を叩く。見れば、少し離れた所に立っていた芳埜が成人男性の拳程もある石を投げた後の姿勢のままで固まっている。

「えっ!? こっ、ここからどうすれば――」
「近距離は向かないんじゃないのか?」

 くるりと振り返った三代がそう言って溌剌とした笑みを浮かべる。間違いなく、生徒相手にかなりの手加減をしてくれている事は明白だ。
 まごついていると、一度は三代に攻撃を躱された天沢がスライディングで割って入って来た。教師の足下を掬い上げるような攻撃。虚を突かれたのか、或いは及第点と見て甘んじてそれを受け入れたのか。
 とにかく、足を取られた三代が体勢を崩した。追撃しようとした天沢がその手を止める。

「……僕達の勝ちって事で良いですか、先生」

 両手を挙げて「降参」と言わんばかりの態度を取った三代。恐る恐ると言った体で天沢がそう訊ねた。
 はっはっは、と数学教師は笑い声を上げる。負けた人間の態度では無いし、後半明らかに作戦に乗ってくれた感じもあった。多分「負けてくれた」のだと思われる。

「ああ! 俺が守っていた米は持って行くと良いぞ!」

 それを聞いた瞬間、依織はぐったりと溜息を吐く。スキルの無駄撃ちが著しい。あまり撃てないと分かっていながら、乱用をセーブ出来ない。これは偏に自分自身の要領の悪さが全ての元凶だろう。
 吐いた溜息は疲れ半分、自分への落胆半分の意味合いを持っていたが、芳埜から顔を覗き込まれる。あっけらかんとした表情が多い彼女だが、やや眉根を寄せていた。

「無理させて悪かったよ。大丈夫? 具合は悪くない?」
「あー、んー。大丈夫、ちゃんと帰れるよ」
「そう。なら良いんだけどさ」

 おい、と既に食材・米の袋を片手に持った日比谷が声を掛けてくる。

「行くぞ。食材は回収した」
「あーもー、お前急ぎ過ぎだろ。ちょっと待てって。というか、帰り道どっち? 地図に記載が無いんだけど」

 帰り道なら、とやり取りをぼんやり眺めていた三代が笑みを浮かべて意気揚々と教えてくれた。

「このまま道なりに進むといい! 一周回って宿舎へ辿り着くように作られているぞ!」
「あ、そうなんですか。ありがとうございます」

 大袈裟に天沢が頭を下げるのを尻目に、ちらりと日比谷の様子を伺う。既に彼は三代の事などアウト・オブ・眼中状態。帰り道を眺めている。

「彼、何をそんなに急いでいるんだい? さっきから」

 不意に面白おかしそうな顔をした九条が呟いた。独り言に見せ掛けて、恐らくは自分に話し掛けて来ているのが分かる。
 ちなみに、彼はこんなにもクラスメイトが苦戦していると言うのに最初から最後まで観戦していたのだから驚きだ。心をどこに忘れて来てしまったのだろう。

「九条くん、手伝ってくれなかったね。本当に」
「ああ、悪いね。僕は肉体労働が苦手なんだ」

 ――人の事言えないけど、九条くんって何で宝埜に入学したんだろう……。
 とてもではないが、イリニ・カンパニーで働きたいという熱意を持った人物には見えない。むしろ逆だ。
 九条との会話を進めようとしたが、それは不意に三代の口から漏れた、これこそ真の独り言によって消滅する事となった。

「それにしても……温すぎたな。柳楽先生にもそう伝えておこう」

 明日の日程の方が厳しいかもしれない。