3話 唐突な強化合宿

06.最後の難関


 ***

 大まかに地図を見た時の最終地点。恐らくは食材が放置されているその場所に最後の難関は設置されていた。当然と言えば当然なのだが、些か乱暴な難問チョイスには頭を抱えざるを得ない。

「はっはっはっは! 待っていたぞ!!」

 数学教師、三代結大。
 前々から思っていたが割と変わった性格の持ち主で、今回も何が楽しいのか高笑いしている。本当に楽しいと欠片でも思っているのかコイツは。
 食材を前に配置された教師。
 状況は火を見るよりも明らかであるが、頼みもしないのに数学教師は現状を大声で語ってくれた。

「食材が欲しければ俺を倒して行け! 君達のコース食材は『米』だ! 無ければ顰蹙ものだし、俺を倒せなければ渡さないぞ!」

 へえ、と呟いた日比谷が目を細める。好戦的な仕草に隣の依織は息を呑んだ。フラストレーションが溜まっていたようだし、火に油じみた三代の言葉には戦慄を隠せない。

「最後は対人演習か。俺達の方が数は多いが――」

 主に彼の視線は自分と、そして先程は戦闘に微塵も参加しなかった九条へと向けられている。何を言われているのか理解したらしい九条は首を横に振った。

「ああ、悪いね。僕は戦闘系のスキルを持っていないんだ。任せたよ」
「交渉は得意、つってただろお前」
「折角綺麗な顔をしているんだ、言葉遣いは矯正したらどうかな? 篠坂さん」

 九条の態度に苛立った芳埜が先程の忠告など完全に無視して舌打ちする。隣同士の過激なコミュニケーションだと信じたい。
 既に九条の戦闘への組み込みを諦めたのか、天沢が日比谷へ問い掛ける。

「どうする? 一人でどんと置いているわけだし、一筋縄じゃいかないと思うけど」
「分かってる。というか、あの人がどんなスキルを持ってんのかも分からねぇし、取り敢えず戦闘開始するしか無いだろ」
「おう、日比谷。依織はどうするよ」
「待機」

 おや、と計画を間近で聞いていた三代が可愛らしい仕草で小首を傾げる。顔には薄い笑みを浮かべており、顔立ちの中性さも相俟ってやや女性的だ。

「彼女は使わない方針か? ちなみに、崖の事を気にしているんだったら、この先は普通の山道だぞ! 『瞬間移動』は不要だ!」

 胡乱げな目をした日比谷少年はもう一度こちらを向き、何事かを言いかけたが、芳埜がその言葉を割った。

「教師だし嘘は吐いてないだろ。依織、手が足りなくなったらよろしく」
「あ、うん。了解」
「さくっと片して来るから、あまり心配しなくていいよ」

 そう言った芳埜の背中は誰よりも頼もしい。あの謎のカリスマ性はどこから溢れてくるのだろうか。

 かちりと戦闘に脳内を切り替えたらしい芳埜が最初にやった事は、先の疑似生物との戦い同様、小石などを巻き上げる事だった。どうやら身体のどの部位でも良いので一度動かしたい物に干渉しなければスキルを発動できないらしい。
 彼女のスキルに関しては、狼ゲームの時にドッキリさせられたので覚えている。
 芳埜が蹴り上げた小石達は意思を持ったかのように三代へと飛来した。が、それをギリギリまで引きつけて、回避。芳埜のスキル性能を知っているかのような動きだった。

 その動きに対して芳埜その人が怪訝そうな顔をしたと同時、天沢が三代を背後から強襲する。後ろに目でも付いているのか。振り返る事無く、且つ最小限の動きで天沢の拳を三代が回避。
 続け様に日比谷が飛び込んで行くのが見える。中距離より少し短い距離感が必要らしく、ある程度近づいてから腕を振るった。その動作で変化が起きたとすれば、彼の影。足下に黒々と存在している影法師から、無数の黒い何かが三代へ向かって飛来する。
 ――が、それも冷静に三代は自身の影が飛来物に衝突しないよう、器用に躱した。

 そこまでの一連の動きで連携が終了。それぞれが散り散りの状態で三代の状況を伺う事になる。ただ、芳埜がぽつりと呟いた。

「おい、こいつ多分、サブスキルに『未来視』シリーズのどれかを持ってるぞ。動きが先読みされてる」
「えっ、本当かな? 僕たちのスキル名簿とか持ってるんじゃあ……」
「個人情報だろ、あれ。担任しか見られないはずだよ」
「……うーん、未来視かあ……。そういうのがあるって事しか知らないや。どうしようか、日比谷くん――」

 クラスメイトに判断を仰ごうとした天沢の言葉を無視。舌打ちした日比谷が直線的に三代へと向かって行った。何というか、かなり浮き足立っている。

「要は避けられない攻撃を仕掛けりゃ良いって事だろ」
「理屈の上ではそうなるな! ただしそれは――出来るかどうかは別となるが!」

 圧倒的な挑発の言葉。
 乗せられたかのように、再び日比谷の足下の影が揺らめく。それを確認しようと数学教師が視線を地面へ落とした刹那。
 今度は逆の手、日比谷が左手の平を三代へと向ける。
 そこから放たれるのは空気中の水分を一瞬で凍り付かせるような冷気だ。影にばかり気を取られている相手に容赦の無い不意討ち。

 やや驚いた顔をした三代だったが、それは目に見えない壁のようなものに阻まれて、彼そのものを凍り付かせる事は無かった。見覚えのある光景――これは、依織自身も持っている『防壁』系の防御スキルではないだろうか。
 だとしたら無理ゲーが過ぎる。
 記憶が正しければ、自分の『防壁』が破壊されたのは海崎の異様な馬鹿力だけだ。それ以外でアレが消えた事は一度たりとも無いし、見た所今日の面子にそれが出来る者が居るとは思えない。

 渋い顔をしている日比谷を横目に、参戦すべきかを思案する。
 あれが『防壁』であると仮定するならば、身体と展開されている防壁の間に隙間がある。であれば、その隙間目掛けて『瞬間移動』すれば本体に攻撃可能では無いだろうか。別に自分だけで行く必要は無い。素殴りが強い天沢か日比谷を連れて行けば万事解決である。