3話 唐突な強化合宿

05.環境依存の疑似生物


 ***

 迷子防止の為の山道が続いている。時にうねり、ぐねぐねと曲がるその道は一体どこがゴールなのか分からなくなってしまう程だ。
 そんな、ピクニックでもしているかのような山道の最中。
 良い感じに気が抜けてきた一行の前に、次なる難問が立ち塞がった。

「これは……」

 見た目は完全に熊。動物の熊だ。
 ただし、それが関節を動かす度に響く音は機械音。モーターの回転する音と生物にしては硬い動きが、それが機械である事を物語っている。

 そして、一つ訂正。
 見た目は熊だと先述したが――それは近づくにつれて違う生き物である事が把握出来た。まず、野生の熊には出会した事が無いが明らかに動物の熊には付随していないパーツが幾つかある。
 ナイフのように尖った爪、頭から生えた一本角、目立つ金色の毛皮。頭から角が生えている熊など、現実世界に存在しているだろうか。否、そんな生き物は最早熊ではない。

 依織は想定外の機械動物に困惑していたが、同行していた仲間達は至って冷静だった。まるでこれが何であるのかを正しく理解しているかのようだ。流石にみんなが何であるのかを理解している中、自分だけ「何だっけこれ?」などと聞く度胸は無かった。
 思わず説明をしてくれる心優しい仲間を捜してみたが、当然ながら現れた生物に視線が釘付け。誰も自分を構ってはくれない。

「如月さん」
「えっ、あ、九条くん」

 意外にも困惑している自分に最初に気付いてくれたのは九条だった。悪戯っぽい笑みを浮かべながら、油断なく熊を監視している他の面々には聞こえないような小さな声で事の概要を説明してくれる。

「あれはね、環境の変化によって奇形化してしまった生物を模して作った、疑似生物だよ。要は機械って事だね。入試の時に見た子達が大半だから、みんな一度は目にしているのさ」
「あ、ご丁寧にどうも……」

 ――あれ?
 礼を言ったところで、何だか漠然とした疑問に襲われた。何故だろう、この会話、何かが不自然だ。どこがどう、とは言えない。けれど酷くあり得ないような会話をしたような歪な感覚が抜け切らないのだ。

 思考に耽ろうとしたが、やや焦ったような天沢の声で急速に現実へと引き戻される。そうだ、思考の海に沈んでいられる状況ではなかった。

「これはどういう意図なんだろう。戦闘しろって事……?」
「そうだろ。こんな物用意しておきながら、装飾品でしたじゃ笑えもしない」
「好戦的だね、日比谷くん」

 既にスキル発動の構えを取った日比谷桐真は冷めた目で機械生物を見つめている。やはり生身の生き物では無いからだろう。変な動きをすればすぐにでも粛正する、という気概すら感じる程だ。

「でもまあ、このまま通してくれる訳でも無いだろうしあたしは日比谷の意見に賛成だな。さっきの橋よりずっとやりやすい」

 一方で好戦的な日比谷の意見に同意の意を示したのは、これまた綺麗な顔に好戦的な笑みを浮かべた芳埜だった。やはり所詮は機械人形。遠慮の欠片も見られないどころか、スキルをぶっ放して良い相手である事にやるやすさを覚えているらしい。
 ――これは、私も手伝うべき?
 正直、スキルの無駄撃ちは命取りになるので触りたくない。そこの好戦的な2人でどうにか片して欲しいくらいだ。けれど、今回はチーム戦。自分だけ遠くから見ているだけなど、許されるはずもない。

「日比谷くん、私は――」
「そこで待ってて良いぞ。俺は知らなかったけど、使用制限があるんだろ。スキル」
「えっ、あ、うん。でもほら、手伝わなくても、大丈夫?」
「いや帰りのスキル取ってて貰わねぇと」

 そうだぞ、とこれまた上機嫌に芳埜が便乗する。さっぱり系の彼女は日比谷と案外相性が良いのかもしれない。

「お前、スキル使った後って滅茶苦茶疲れてるからさ。あたし等に任せろ。しっかりスクラップにしてきてやるからさ」
「頼もしいね、芳埜。それじゃあ、見学しておこうかな」
「おうさ、見てな!」

 快活に笑う芳埜を見ていると、本当に手助けなど要らないように感じられる。九条も手伝う気はさらさら無いようだし、このまま見ているとしよう。その方が助かる。何より、スキルを乱発してダウンしたら女子高生一人という手荷物が増えてしまう事になる。ここでは大人しく見ている方が役に立つというものだ。

 芳埜、日比谷、天沢の連携は見事の一言に尽きた。
 誰がどういうスキルを持っているのかまでは把握出来なかったが、熊が動き出せば日比谷が影のようなものを駆使して動きを止め、芳埜が巻き上げた小石などをスキルで疑似生物へとぶつける。天沢はシンプルなパワーアタッカーで近距離からの打撃攻撃。
 完全に役割分担を一瞬で決め、効果的に助け合い、気付けば疑似生物はその動作を停止していた。
 ダメージを受けすぎたせいか、内部から得体の知れないコードなどが激しく火花を散らしているのが伺える。

「わあ、彼等、好戦的だね」
「九条くんは……手伝わなくて良かったのかな? 私の記憶が正しければ、君は休んでいて良いだなんて一言も言われてないはずだけど」
「悪いね。僕はあの意思の疎通も出来なさそうな相手はちょっと。ただ駆け引きの類いは得意でね。そういう時は頼ってくれて構わないよ」

 ――例えば人間相手なら役に立つって事か。

「九条くん――」

 おい、と疑似生物が完全に停止した事を確認した日比谷が口を開く。ただし、その視線は地図に釘付けだ。こちらの事など見ても居ない。

「ど、どうしたの?」
「急ぐぞ。時間を食った」

 言うや否や、踵を返して順路に戻りかけた彼に天沢が若干困惑したような声音で尋ねる。

「どうしてそんなに急ぐのか、訊いてもいいかな? 時間には――まだそれなりの余裕があると思うけれど」
「はあ? 早ければ早い程良いだろ。俺等が夕食作るって、柳楽が言ってなかったか?」

 そういえば、夕食を作るまでが今回の課題だったような気もする。やや呆気にとられた顔をした天沢はなおも言いたい事がありそうな顔だった。が、それ以上の言及は止める事にしたらしい。苦笑しながら「そうだね」、とだけ呟いた。