3話 唐突な強化合宿

04.ピクニックではない


 しかし、そんな心配をしていられたのも最初の内だけ。スキル所持犯罪者を相手にする天下のイリニ・カンパニーと提携している宝埜学園が、ただ食材を持って戻るだけのピクニックじみた演習なぞするはずがなかった。

「あたしの目が悪くなった訳じゃないなら、橋が落ちてるな。完全に」

 肩を竦めた芳埜がうんざりしたようにそう言う。確かめるまでもなく、断崖絶壁を唯一繋いでいた吊り橋は中程から寸断され、橋としての役割を完全に放棄している。端的に言ってしまえば、渡れない状態だ。

「――これに当たったのが、俺等で良かったな」

 あっけらかんとそう呟いたのは日比谷だった。思わずそちらを見やれば、彼もまた依織を見つめていたので目が合う。如何にポンコツとはいえ、この状況から何を言われるのかは流石に理解出来た。

「お前が俺達を連れて、向こう岸へ運べば全て解決だな。依織、一度に何人くらい運べる?」
「あー、えーっと、身体に触ってるもの全部持って行けるから……。まあ、一度で全員行けるんじゃないかな。向こう側」

 当然ながらスキル『瞬間移動』を把握している日比谷はうんうん、と頷く。確かに解決ではあるが、おいそれと乱発は出来ない代物。帰りの分も考えて、あまり体力を消耗しないようにしていた方が賢明かもしれない。
 天沢が胡乱げな顔をして断崖絶壁とこちらの顔を見比べた。多少なりとも「本当にそれで大丈夫か?」と言いたげな顔である。

「如月さん、本当に4人同時に行けるかな? 落ちたら命は無いだろうし、何度かに分けた方が良いんじゃない?」
「あ、上を浮いていく訳じゃないから大丈夫。点と点の移動って言えば伝わる?」
「あー、そういう感じなんだね。線じゃ無くて点移動」

 自分でも意味不明な説明をしたが、秀才らしい彼には伝わったようだ。それ以上の説明を要求されなかったので、そういう事なのだと思う。

「それじゃあ、集まって。あんまり乱用出来ないスキルだから、一人置いてけぼりとかにはしたくないし」

 わらわら、と散っていた4人が集まって来る。何故だか九条はクスクスと可笑しそうに笑っていた。

「何だか、これから集合写真でも撮るみたいだね」
「お前、お目出度い頭してるよな」
「君はいつも厳しいね、篠坂さん」

 ――この2人のノリって見ててハラハラするなあ……。
 どちらも無礼講が過ぎる感があって、非常に胃に悪い。しかし、それら全てに目を瞑ってスキルを起動させる。目的地は向こうの崖だ。
 一瞬だけ景色が揺らめき、瞬きの刹那には目的地に到着していた。やはり九条がカラカラと笑う。

「いやあ、いいね。とても便利だよ、如月さんのスキルは」
「はあ……。どうも」

 彼の真意の読めない一言に首を傾げていると、芳埜に軽く背を叩かれた。初テレポに感激したらしく、快活な笑みを浮かべている。

「これ良いな、旅行行き放題じゃん、依織!」
「そうもいかないんだよね、これが」
「こんなに簡単で良いのかな……? 何だか正規のルートを外れた方法で橋を攻略してしまったみたいだけど」

 天沢だけが拍子抜けする展開に眉根を寄せている。発案者である日比谷少年は澄まし顔だ。よくも自分の手柄では無いのに大きな顔が出来たものだ、と内心やや思ったが、これがイケメンの特権というやつなのだろう。何故かドヤ顔が様になっている。

 そんな中、依織は帰りのスキル残り回数について思いを馳せていた。
 この間の狼ゲームで、多少無理をすればスキルの起動そのものは可能である事に気付かされたのだ。それを見積もったとして、しかし合宿1週間の間、体調を崩さないよう努められる使用限度数――ざっと見積もって、4回。
 帰りの分を1回と計算して、『瞬間移動』を気兼ねなくノーリスクで使用出来るのは残り2回と考えた方が良い。あまりアテにされては困る。

 心中での打算を見破ったかのように、九条が絶妙なタイミングで且つ酷くタイムリーな話題を口にした。

「随分と便利なスキルだけれど、回数制限なんかはあるのかい?」
「えっ、あ、えーっと? 何?」
「回数制限はあるのかな? そのスキル」

 ――吃驚した、偶然考えてる事が被ったのかな?
 あまりにも脳内を見透かしたような問い掛けに、意味も無く聞こえなかった態度を取ってしまった。申し訳無い。

「そうだなあ、今日は後2回は使えると思うけれど」
「やっぱり。そういう感じなんだなあ」

 九条の背後。
 こちらを一瞥した日比谷の「あれ?」、と言わんばかりの顔が何故か脳裏に焼き付いた。何だ今の表情。