3話 唐突な強化合宿

03.地獄の組み分け


 案の定、この4カ所を全員で回っている暇は無いとの事で、複数名で手分けをする事となった。

「よろしく」

 芳埜がそう啖呵切ったのを見て、依織は内心で溜息を吐く。
 適当に決まった組み分けだが、自分と芳埜の他に天沢、九条、日比谷の3名が居る。天沢と九条はともかく、日比谷とは組まされても反応に困るだけだ。

「よろしく。それで僕達はどの道に進もうか。まあ、正直どれも何があるか分かったもんじゃないから、どれを選んでも一緒だけど」
「そうだねえ、ならくじ引きとかで決めれば良いんじゃないかな」

 九条が胡散臭い笑みを浮かべてそう言った。というか、この地図を見るに目的地まで結構な距離がある。歩きだろうか。まだ疲労対策に関しては検討中だと言うのに。

 悶々と考え込んでいると、いつの間にかコースは右端の道となっていた。距離は他と変わるようには見えないし、本当にどれを選んでも同じだとしか言いようが無い。小さく呻いていると、芳埜に声を掛けられた。

「どうした? 何か希望でもあったの?」
「ああいや、これ歩きだよね。疲れそうだな、って……」
「お前、前から思ってたけど体力無いよね。みんなひょろいし、倒れても運べ無さそうだわ」
「いや、頑張るけどさ……」

 ――本当だ。これ具合悪くなったとしても、どうしようもないヤツ……。
 途中でぶっ倒れないようにしよう。そう固く決意した。まさか置いて行かれはしないだろうが、後で文句を言われるのは必至だ。何より、演習に来ているのそれで倒れるのは如何なものか。
 いやというか、もし具合悪くなったら『瞬間移動』で早めの離脱も可能ではある。すっかり忘れていたが。

 ***

 それぞれ準備を終え、食材探しの旅へ。響きだけならグルメ番組のようだが、その実は授業のカリキュラムの一環である。
 道だけは逸れるな、と柳楽からの注意事項だけを胸に、いざ。

「ああ、そうだ。僕は九条宗介。篠坂さん以外とはあまり顔を合わせる機会が無かったからね。名乗っておくよ」

 謎面子過ぎて何を話せば良いのか分からない、そんな状態の中口火を切ったのは意外にも九条その人だった。相変わらず笑っているのか何なのか分からない、胡散臭い笑みを浮かべている。
 それを見た芳埜もまた半眼で溜息を吐いた。そうか、この人達、席が隣だったなそういえば。

「えーっと、よろしく。九条くん」
「如月さん、この間は残念だったね。連戦じゃなかったら勝ってたかもしれないのに」

 ――ひぇっ!? 今ここで狼ゲームの話題!?
 案の定、一歩前を歩いていた日比谷の肩がピクリと揺れた。あのイケメン超人もまさか、自分のようなモブ女に負けるとは思っていなかっただろうから、大分頭にきているに違いない。
 海崎に至っては鬼ごっこで逃げただけで絡んで来た狂人である。人間とは往々にしていついかなる場合でも恨みを買う可能性があると頭の隅にでも留めておくべきだ。

 そんな訳で、恐ろしく気まずい話題を振ってきた九条に対しそっと息を呑む。これはどうやって切り抜けたものか。思わず無言になっていると、芳埜が面倒臭そうに口を挟んだ。

「かも、の話は止めろよ。結果が全てさ、結果が」
「君って恐ろしい程、合理主義的なところがあるよね。イメージトレーニングは大事さ、そうだろう?」

 ところで、と天沢が明るい話題へ切り替えんと首を傾げる。何か質問があります、というのを雄弁に語っていた。

「話は変わるんだけど、結局、如月さんのサブって何なのかな? モニター見てたけど、離れた位置から急にセンサーが鳴ってたよね」

 ――話題が変わってない!!
 照れ臭く笑っている天沢少年に話題の変換というのは如何なるものを指すのか小一時間程レクチャーしたい気持ちに駆られた。
 引き攣った笑みを顔一杯に浮かべながら、依織は首を横に振る。

「えーっと、秘密かなあ。人にベラベラ話す事じゃ無いし」
「それもそうだね、失礼な事を聞いてごめん」
「あっ、いやいや! 気にしなくていいから、全然!」

 慌ててそう弁解した矢先。どんどんと足早に距離を開け始めていた日比谷が、不意に振り返った。眉根を寄せているのがはっきりと分かる。顔の造形が整っていると表情が分かりやすいのかもしれない。

「おい、お喋りも良いが足も動かしてくれ。置いて行くぞ」
「お前、数の差が見えないのかよ。見るからにあたし等の方が多数派だろうが」
「知らねぇよ。演習中だしな」

 ――めっちゃ急いでるじゃん……。
 この後、何かあるのかな。観たい番組があるとか。そう一瞬だけ思ったが、日比谷がテレビを観ている様など一切想像出来なかったので、無さそうだなとも同時に思った。

 一方で天沢は首を傾げている。その視線は日比谷の背へと向けられていた。

「何をそんなに急いでいるんだろう……」
「せっかちなんじゃね?」
「身も蓋もないよね、篠坂さん。何だか……変な事にならないと良いけれど」

 最後の一言はほとんど独り言だったが、心中に形の無い不安を広げるのは容易である。そんなに危なっかしく見える人と班を組んだのか、依織はそっと溜息を吐いた。