3話 唐突な強化合宿

02.都会から大自然


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 バスが盛大な音を立てて止まった事で、依織の思考は現実の時間軸へと引き戻された。結局、色々と憂鬱過ぎて昼寝すら出来なかった。何故だろう、授業中はあんなにも眠たいのに。
 広がる光景はまさに大自然。見渡す限り緑ばかりで、どう見ても夜中なんかは虫が大量に出そうな風景だ。というか、恐らく虫は出る。
 こんな学園から離れた合宿所も宝埜の一部との事。とんでもなく儲かっているようだ、学園は。

 皆の後に続くように、依織と芳埜もまたバスから降りた。先に合宿所に降り立っていた柳楽は名簿を眺めている。全員揃ったのを確認するや否や、形だけの点呼。かなり雑だが本当に一人二人居なかったらどうするつもりだ。

「おし、全員居るな。つってもまあ、今日やる事は決まってるし荷物置いて来るって指示しか俺は出せないが……。一応確認しておくぞ。今回はチームワークを養う為の合宿だ。くれぐれも無駄に啀み合ったりしないように。それに伴って、課題もやや難度を高めに設定しておいたからな」

 ――えー、それ絶対難しいやつじゃん……。
 柳楽の「簡単にしといた」、はまるで信用ならないが「難しいからな」、は絶対に難しい。入学してそんなに経っていないが、それだけは確かだ。

 そして、胃痛の種がもう一人。
 もう既に協調性もへったくれも無い海崎少年である。彼はチームワーク戦と聞いた時から大分イラついているようだった。一人で何でもこなせる人物なので、むしろチームは彼の足を引っ張るのかもしれない。
 そんな彼の傍ら、いつも通りの光景過ぎて見過ごしがちだが、神木翔太の姿もある。何故、彼は彼でいつも海崎と一緒なのだろうか。謎だ。

「そんじゃ、荷物置いたらもう一度ここに集合な。今日やる事はたった一つ、ただし『今日』という時間を一杯一杯まで使うはずだ」

 不穏な言葉に後押しされるように、クラスメイト達はオンボロ合宿所へと入って行った。本当に1-1だけしか居ないらしく、他クラスの姿は一切無い。適正就職科、やはり学園の中でも一線を画す存在らしい。

 ***

 荷物を置き、二度目の集合。
 何事かを確認していた柳楽は全員が揃ったのを見ると、今日の日程を早速説明し始めた。

「今日の課題だが、『食材集め』だ」
「えっ!? 兎狩りでもしろって言うんすか!?」

 神木がぎょっとしたように訊ねたが、柳楽は真顔で首を横に振った。

「いや、お前等現代っ子は兎なんざ捕まえても捌けないだろうが。食材集めって名目の課題だ。当然、簡単に今日の夕食の食材が手に入るとは思うなよ」
「あ? いや待て、食材集めで夕食……? 料理は俺等がするって事かよ……」
「察しが良いな、海崎。当然だ、お前等の飯を作る為に、こんな何も無い山奥に料理人を呼べる訳がないだろうが。贅沢な事を言うな」

 ――料理出来る人、どのくらい居るんだろう。
 ちら、と依織はクラスメイトの顔を見回す。余談だが、自分としては料理そのものは出来る。クックパッドなどを見ながら、であれば。物忘れが激しいので料理の手順は一切覚えられないが、包丁の扱い、フライパンの扱いなどに関しては何度も繰り返し使っているので分かる。
 ここでレシピも見ずに、聞いた事も無い料理を作る事になったら完全に詰みだ。とはいえ、これだけの人数が居るのだから数名くらい簡単な料理の作り方くらなら知っていそうなものだが。

「ルールを説明する。まず、17時までにここへ戻って来い。三代先生が逆算してくれたが、恐らくそれを超過すると睡眠時間が削れる事になる。ゴールが料理の完成で、先生はそれ以外の指示は出さんからよろしく」
「いや、もうこれ自由にして良いって事ですか?」
「そうだよ。地図と、まあ……無線機を5つずつは与えるが」

 小さな無線機は鬼ごっこの時に、鬼役が使用していた物と同じだ。これは学園の備品という事で良いのだろうか。

「この地図、根元から別れていますが、それ以降は一本道ですね」

 不意に日比谷が柳楽へ向かってそう言った。肩を竦めた担任が、ある意味最も重要な事を口にする。

「その地図通りに進まねぇと、遭難する恐れがあるって言い忘れてたわ」
「すっごく大事じゃないですか! しっかりしてください!」

 京香が絶叫する。当然だ。
 しかし、これきり本当に指示を出すつもりは無いらしく、手元に1枚残った地図に視線を落とした担任は側にあった椅子にあっさりと腰掛けた。足を組み、自分は動かないという姿勢を堂々とアピールしている。

 となれば、狼ゲーム以来久しぶりのクラス会議の勃発だ。天沢がどうする、と言ったのを皮切りにぞろぞろとクラスメイトが一カ所に集まり始めた。依織もまた、その話し合いとやらに首を突っ込むべく、頭を切り替える。

「芳埜、どうするの、私達は」
「さあな。今日は天沢が仕切るみたいだから、アイツの指示に従う。まあ、よっぽどアホな事を言い出さない限りは」
「それもそうだね。でもまあ、道もこれ……4つ? みたいだし、4グループに分かれて探索がセオリーかな」
「アイツもそのつもりみたいだけど」

 仕切りたがりの海崎は相変わらず「不満があります」、という顔をしている。しているが、今回の音頭は取らない方針らしい。気怠そうに立っているだけだ。
 こちらとしては人道的な天沢に指示を出された方が幾分かマシなので、当然横槍を入れるなどという無謀は事はしないが。