3話 唐突な強化合宿

01.行事の連絡が遅すぎる


 規則正しく揺れる、貸し切りバスの中。依織はぼんやりと外の景色を眺めていた。肌が焼けるような晴れ空が目に痛い。

「どうしたのさ」

 2人掛けの椅子に座っているのだが、隣には篠坂芳埜が座っている。完全に目を閉じて寝る姿勢に入っていただけに、起きていたという事実に驚いた。一瞬の硬直後、肩をすくめて問いに応じる。

「や、このバスどこに向かってんのかなって。学園から大分離れたよね」
「さあ……。あたしは県外から来てるからね。この辺の事はよく知らないよ」
「そっか。芳埜、どこに住んでるんだっけ?」
「えー、口で説明して伝わるかね。それは」
「いや良いわ。聞いてるだけで車酔いしそう」

 会話を楽しみながらも、あまり憂鬱な気分が打ち払えずにいる。車内は和気藹々と楽しげな空気に包まれているが、とてもじゃないが一緒になって騒ぐ気にはなれなかった。
 何せ、1週間に及ぶ強化合宿の幕開けだ。
 何を強化するつもりなのか、或いはその意図さえも不明。どうしてこの時期に七面倒臭い事をやろうと思ったのかすら定かでは無い。

 その理由の糸口について思いを馳せる。主に、昨日の回想を。

 ***

 それは合宿前日の終礼の時間だった。
 1日が何事も無く終了し、後は翌日の連絡を聞いて解散。そういった流れの日常らしい日常。ただしそれは、明日の連絡を伝えに戻って来た担任・柳楽理人の一言によって木っ端微塵に打ち壊される事となる。

「突然だが、明日から……あー、大体1週間くらいか? 合宿をやる」
「はっ!? い、いや先生、明日からですか!?」

 溜まらず依織の隣席、天沢悠木が訊ねた。必死な形相であったが、クラスメイトも同じような顔をしているのが分かる。
 天沢の問いに対し、柳楽は常日頃と変わらぬ気怠そうな態度のまま頷いた。前言撤回をする気は一切無し。

「おう、明日から合宿だ。つってもまあ、お前等は寮生だし毎日が合宿みたいなもんだろ。問題なし」

 上がる悲鳴にも似た呻き声。中には楽しみにしている声もチラホラと混じっている。冷静に「いや流石に急すぎるだろ」、という意見も上がってはいるが。
 教え子達の文句を聞こえなかったかのように華麗に受け流してみせた柳楽が、明日の連絡を始める。

「お前等のまとまりの無さを見た理事長が急遽組んで下さったチームワークを養う為のプログラムだ。あれだな、割と優秀な人材が今年は集まってるからな。一人で何でも出来る奴ってのは他より協調性に欠ける」

 誰を指しているのだろうか。脳裏には海崎と日比谷の2人が過ぎったが、多分あの辺りの人物だとは思う。

「で、後はスキルの扱いだな。スキルなんざ日常生活送ってりゃほぼ使う事はねぇ。なら無理にでも使って、使いこなして貰うのが一番だ。だが、お前等みたいな力の加減も分からん連中を建造物が乱立してる学園内で放り出す訳にもいかん。ご近所の迷惑にならない場所で合宿はするから、しっかりお勉強しろよ。
 ま、俺からは以上だ。今回のプログラムは競争じゃない。くれぐれも下らん事で啀み合ったりしないように」

 終礼が終わってしまいそうな空気に、慌てた様子の神木が口を挟んだ。彼は割と消極的な一面があるので、こうしてクラスメイトの面前で自身の意見を口にするのは希である。裏を返せば、口を開きざるを得ない状況であったとも推測できるだろう。

「や、ちょ、先生! 持ち物! 持ち物の連絡とかは無いんですか!?」
「持ち物? 特に無いな。どうしても必要な物があるなら、学園内のモールにでも寄って買い物は済ませとけよ。あー、必要な物は合宿所に完備されてはいる。枕の高さが合わないと寝られねぇとか、そんな事情が無い限り生活には困らんな」
「雑ぅ!!」

 逆に聞くが、と頭をガリガリと掻きながら柳楽は首を傾げた。

「お前等、寮生だろ。合宿所に持って行かなきゃ死ぬ、みたいな物を実家から持参してんのか? こう、先生としては寮生って身軽なイメージがあるんだが」
「ありますけど。まず、合宿所にあるシャンプーとか何が出て来るか分からないし、洗顔も無いかもしれない。そもそも、着替えが必要じゃないですか」

 芳埜が半眼でそう言うと、ああ、と柳楽は思い出したように手を打った。いや、ああ、じゃないわ。着替えはどう足掻いたって必要だろうに。

「そういや着替えは居るな」
「先生が忘れ物をしないで下さいよ、本当」
「おう、全くだわ」

 ――この人の連絡、全くあてにならないな……。
 前々から思っていたが、彼の発言を鵜呑みにするのは危険過ぎる。まさか居ないとは思うが、本当に明日手ぶらで来る奴がいたらどうするんだ。

 仕事が押しているのだろうか。ここで柳楽が強引に閉めに掛かった。よくこの状態で連絡事項を終えようとしたものだ。

「まあ、とにかく以上だ。質問は?」

 す、と日比谷の手が挙がる。教師がやや面倒臭そうな顔をしたのは多分、見間違いではないだろう。

「何だ、日比谷」
「そういう大事な行事の話はもっと早く言って頂けませんか」
「質問は無いかって聞いたのに当然のようにクレーム入れて来るお前にはびっくりだわ、先生。その件に関しては普通に忘れてた、ごめんな」

 瞬間、珍しく大人しくしていた海崎の沸点が振り切れた。机を手の平で思い切り叩き、立ち上がる。マジ切れしている人の顔の見本のようだと思った。

「ふっざけんじゃねぇよ! 大事な連絡は忘れんなっつの!! マジで!!」

 ド正論。