2話 過酷すぎるペアワーク

14.神木くんと海崎くん


 ***

 ――結局、次の年どうしたんだっけ? どこか……連れて行ったっけ?
 一時黙って考えていたが、依織の脳内にそれらしい記憶は浮上して来なかった。ずきり、痛む頭を抱える。人間の記憶能力ってこんなに不便極まりないものだっただろうか。それすら分からない。

 しかも、思い出というか記憶の残滓を漁っているとその思考を妨害するかのように勢いよく屋上のドアが開け放たれた。
 ――占い師の……神木くん! 連戦!?
 入って来た人物を認めた瞬間、一瞬だけ頭痛の存在を忘れて身構える。そこで気付いたが、神木翔太のペアである海崎晴也の姿が見えない。どこへ行ったのだろうか。まさか、ペアを一人放置するとも思えない。

 胡乱げに視線を彷徨わせた神木は気まずそうに目を逸らし、頭を掻いた。見た目は割とチャラチャラしているのだが、根は正常な人間なのかもしれない。申し訳無さそうに眉根を寄せているのが見える。

「あー、えーっと、如月さんだっけ? 何か疲れてるっぽいところ悪いけど、その、狼狩りに来た」
「あ、うん。そうなんだ……」

 席が離れているので全く会話した事が無い神木。ただし、多少なりとも具合が悪いという事実はダイレクトに伝わっているのか、チラチラと顔色を窺われている。
 一方で依織もまた逃げるべきか、それとも立ち向かうべきかを逡巡していた。彼がいるという事はもれなく海崎も付いてくるという事。姿は見えないが、不意打ちに為に潜伏している可能性は十分に考えられる。
 そして、通常時であればセンサータッチという行動、それ自体は何ら問題無く呼吸する程簡単に行える。ただし、現状においてはこれ以上のスキル使用はとんでもない後遺症を後々に残してしまうのではないかという警鐘を脳が鳴らしており、出来れば穏便に切り抜けたい。具体的な方法に関しては一つも思い浮かばないが。

 固まって思考に徹している依織に対し、怯えている、もしくは抵抗する気力が無くなっていると思ったのだろうか。神木が恐る恐る、一歩だけ距離を詰めて来た。これは更に放置すれば走って追いかけて来られる気がする。
 当然ながら、スキルの使用出来ない自分などスキル無し普通の女子高生と同等かそれ以下程度の能力しかない。運動神経は皆無に等しいからだ。

「えーっと、如月? もう抵抗しないってなら、その、別に乱暴な事をするつもりは無いけど……」
「いや、それを疑問形で聞かれてもな……。んー、でも、相方に悪いし、やるべき事は……やらないと」
「そうだよな、分かるよ。その気持ち」

 同情的にそう言った神木がじり、と更に一歩足を踏み出す。徐々にではあるが、距離が縮まっているのを見た依織は右手を神木に向けて――そして、見た。背後、屋上の扉から駆け出して来る人影を。

「海崎くん!!」

 スキルの使用を思わずキャンセル。間違って『瞬間移動』を起動する。今から別のスキルを起動していては神木が自分の元へ到達する、と考え、跳ぶポイントを海崎の背後に指定した。
 視界がぶれる。海崎の背後であれば、屋上から出る為の扉がある。とにかく今日1日生き残る事が出来れば明日には復帰したと考えて勝機が――

「は!?」

 広がった光景は海崎の後ろ姿ではなかった。これは神木翔太の背後だ。設定をミスった? それとも神木か海崎のスキル?
 しかし、運動神経ゼロと言ったこの身体にも生物らしい反射神経は備わっていたようだ。今にも振り返ろうとしている、神木のうなじのセンサーを反射的にタッチする。もう何度目になるか分からない警告音。
 その音と連動するかのようにズキリと頭が痛む。頭が痛い。これ以上は何もしてはいけないと物理的に警告している。

 が、身体を休める事は叶わなかった。
 何故か元から吊り目だった目尻を更に吊り上げた海崎が、今にも暴れ出しそうな凶暴な顔で地団駄を踏む。その視線は今し方センサーにタッチされて脱落した神木へと向けられていた。

「て、テメェふざけんじゃねぇよ! 何勝手に脱落してんだ、俺の個人目標どうしてくれんだよッ!!」
「えっ!? あ、ワリ、海崎……。えーっと、個人目標、俺の生存とかだった?」
「そうだよ!! 何庇ってんだよバァァァァァカ!!」

 何故か跳ぶポイントをずらされたのは神木の仕業だったようだ。思考能力が格段に下がった頭を押さえながらぼんやりと理解する。

 神木に今にも掴み掛からんと牙を剥きだして唸っていた海崎は不意に静まった。まさか村人、片や死人相手にドンパチやらかすのかと思って見ていたが、海崎は思いの外冷静だ。
 急に冷静になった海崎は切り替えるように頭を振る。

「まあいいや、テメェには入学式ン時の借り返そうと思ってたんだよ……!」

 ――やっべ、欠片も身に覚えが無い。
 別の意味で頭が痛くなってきた。