09.スキル乱発注意
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――えっ、あれ、何で急に抜けた!?
京香を連れて走り去って行った鈴音を見て心中で絶句する。狼狽えている事を自分自身ではっきりと覚えているが、態度には出さないよう努める。とはいえ、多分バレバレなんだろうけど。
ちょっと静止して考えてみる。というか、ちょっと考えたら分かった。
多分、個人目標の関係で京香が必要なのだろう。それが殺害目的なのか、或いは生かしてゴールかのどちらなのかは問題だが。
「僕達は先に行く?」
「え?」
「いやだって、僕達が待ってたらさ、気になるかと思って」
天沢の言葉、通常時は正しい判断のように思えるが現段階では何を狙って発した言葉なのか見当が付かない。本当にただ身を案じてそう言っている可能性もあれば、何か目論見がある可能性もある。
――あっ、これもうどうしようもないな……。
詰んだのを悟り、背を向けている天沢のセンサーを視界に入れる。もういいや、襲撃して今日会った事そのものを闇に葬ってしまおう。その後、『瞬間移動』で京香を追いかけて襲撃。これしかない。
音も無く、依織は床を蹴った――
「そう来るよね、やっぱり!」
うなじに伸ばした手があっさり避けられる。素早い動きというか、明らかに何かサブスキルに速く動く為のそれが積んである。
「天沢くん、私の事信じてるって言ってたけど嘘だったんだね?」
「うーん、信じていなかった訳じゃないんだ。だけど、こういう事になるかもしれないとも思っていたよ。ごめんね、如月さん」
不思議な声だな、と依織は目を細めた。地面に染み込む水のように、脳の深い所まで浸透するような言葉。これもまた、スキルか何かの効能なのかもしれない。尤も、彼の人格が成せる業かもしれないが。
天沢が拳を構えた事ではっと我に返る。
いけない、何故かボーッとしていた。声や言葉は聞き入らない方が身のためだ。
「どんなスキルを搭載しているのかな、如月さんは」
「んー、当ててみて」
売り言葉に買い言葉、挑戦的な笑みを溢した天沢が地を蹴る。床から足が浮いたのを見計らって『瞬間移動』を起動。天沢の後ろに回り込む。
すぐに何が起きたのかを理解した彼はしかし、急に止まる事が叶わず首だけ動かしてこちらを見た。その首元に下がっているセンサーに遠慮容赦無くタッチする。九条の時と同じく、甲高い音が響いた。
ありゃ、と呟いた天沢が両手を挙げて降参の意を示す。少し困ったように眉根を寄せて微笑んでいる姿は好青年という表現がぴったりだ。
「やっぱり、如月さん達が狼だったんだね。友達税にかまけたのが良くなかったかな」
「あれ、がっつり疑ってたんだね。私達の事」
「いやまあ、負けは負けだね。それじゃ如月さん、頑張って」
うん、と返す前に柳楽が勢いよく入って来た。その手にはタバコの箱みたいなものを持っていてぎょっとする。
「うわ、先生!? それタバコですか? 流石に校舎の中でタバコは……」
「馬鹿言え。これはサプリだ」
「何の!?」
「先生はなー、貧血なんだよ」
そう言われてみれば目の下には濃い隈があるし、顔色もあまり良くない。そういう容姿だと思っていたのだが、どうやら貧血のせいらしい。確かに低血圧でもありそうだし、全体的に体温の低そうな印象がある。
「それじゃ、天沢。お前は連行な。天国部屋で地獄の授業を受けられるぞ、喜べ」
「わ、わーい……」
あんなに格好良く狼側の応援までしてくれた天沢は顔を引き攣らせている。如月、と更に柳楽が訊ねてきた。
「お前、まだ村人狩りやんのか?」
「え、ええ。京香ちゃんを仕留めてから下校する予定ですけど」
「おう、了解。じゃ、それが終わったら俺も自室に戻るわ」
――もしかして先生、私達が校舎内でゴタゴタやってたから帰れなかったのかな。
若干申し訳ない気持ちになった。早急に事を終わらせ、先生を帰してやらなければ。謎の使命感に駆られた依織は、鈴音のいる場所というポイントで『瞬間移動』を使用した。
景色が移り変わる。これは――トイレではないな。廊下だ。
出て来た瞬間、鈴音の顔色が変わる。やはり、京香の生存が個人目標らしい。引き攣った顔をした京香のうなじのセンサーを、間髪入れずタッチした。さっき聞いたばかりの音が鼓膜を叩く。
「えっ、え!?」
襲撃された張本人は間の抜けた声を上げながら困惑している。一方で、相方との仲を修復しようと依織は呆然と立ち尽くす鈴音に声を掛けた。
「大丈夫だった、鈴音ちゃん?」
「あ、ああ。うん。平気……」
微妙な顔をした鈴音は白々しく頷いた。狼ゲームのルール的には間違っていないせいか、攻めるような発言は無い。というか、個人目標まで達成しようと思ったらこちらも鈴音のセンサーをタッチしなければならなくなる可能性もある。流石に良心が痛むのだが。
「あー、何や仲間割れ?」
状況を理解したのか、京香が楽しげに言った。それに答えようとしたところで、先程別れたばかりの柳楽&天沢が合流する。2人で現れたのを見て、京香もまた全てを悟ったらしい。苦い顔をしている。
「おし、先生も今日は帰るから、お前等も余計な事せず帰れよ」
あっさりそう言った柳楽は京香も連れて出て行った。天国部屋について説明をしに行くのかもしれない。
ズキリ、と頭が痛む。
顔をしかめると、鈴音からその顔を覗き込まれた。
「大丈夫? 何だか顔色が悪いみたいだけど」
「うん、大丈夫。ちょっとほら、西日で偏頭痛が」
「そ、そうなの? もう帰って休もう?」
鈴音に心配されてしまったが適当に誤魔化した。スキルを使いすぎると頭痛が酷いんです、というのは何だか人に話してはいけないような気がしたのだ。
ともあれ、この日はもう何も起らなかったので問題は無い。