2話 過酷すぎるペアワーク

10.天国での考察


 ***

 翌朝、朝礼前の時間帯。
 九条に加え、天沢と京香も居なくなったせいで教室内は騒然としていた。ゲームとはいえ、お隣席の天沢を葬ってしまった事がじわじわと罪悪感を生んでいる。隣が居ないと割と寂しいものだ。

 しかし、いくら教室がざわついていようと、海崎は海崎だった。再び教壇に立ち、不安そうにしている連中に座れと一喝する。
 流石に他人事では無い、ゲームを進めなければと思ったのか、教室内を彷徨いていたクラスメイト達はお行儀良く席に着いた。視線が教壇に立つ海崎へと集まる。

「いねぇ奴がいるな。まあいいや。で、占い師共、結果は?」

 先に口を開いたのは鈴音だ。険しい顔をして海崎の問いに答える。

「鶴野さん、シロでした」
「鶴野? 誰だっけな、ペアは」

 俺だよ、と日比谷が低い声で応じた。一瞬だけ壇上の彼の顔が引き攣ったものの、喧嘩へは発展せず。続いて、神木が青い顔で呟いた。

「天沢はシロだったよ」
「そうだろうな。襲撃されてるし。というか、結果聞いといてあれだけど俺等かお前等のどっちかが狼であって、もう占いは意味を成してねぇな」

 正論だが、と再び日比谷が煽る。彼等は相性が悪いのだろうか、いつも啀み合っているが。

「どうするんだ。なら、今日は占い師ローラーでいいか? その方が合理的だな。お前等が居なくなればゲームは終わる」
「日比谷さん、もう朝礼が始まりますけど」
「中休みが愉しみだな、海崎」

 鶴野の言葉にあっさり従った日比谷は中休みに占い師を全滅させる気満々である。ド正論だからか、海崎も渋い顔をして眉根を寄せていた。反論する術を持たないのだろう。何せ、両方成敗してしまえばこのゲームは終わる。
 問題は海崎がそれを受け入れるか否か。断れば必然的に彼等が狼である信憑性が高まるが、結局の所海崎ペアが始末されてしまえば次はこちらの番。結果を先延ばしにする事になる。
 ――これもしかして詰んだのでは?
 助けを求めるように鈴音の背を見つめるが、彼女は振り返らなかった。考えているものと思われる。

 ***

 4階学習室、現在は『天国部屋』と呼称されているモニタールームにて。
 天沢悠木は険しい顔でモニターを見つめていた。映し出されているのは朝礼前の1−1教室。海崎が指揮を執ってゲームを進めているのが見て取れる。

「おや、これは村人の勝利かな? 海崎くんの貢献にも寄るけれど」

 九条がそう言って嗤った。
 現在、この天国部屋には自分と九条の他に市松と柳楽がいる。

「さあ、どうだろうな」

 事も無げに告げた担任・柳楽はその口の中に白い錠剤を放り込んだ。うわ、と市松が顔をしかめる。

「それ、何か変な薬物じゃないですよね。先生」
「お前等って先生の事どう思ってんの? 鉄分補給のサプリメントだ、つってんだろ」

 瓶単位で常備しているらしいそれをシャラシャラと振る担任。疲れているのだろうか、目が死んでいる。
 逸れた話題を元に戻すように天沢は質問した。

「先生、狼2人の個人目標って何なんですか? まだ、教えて貰っちゃ駄目なんでしょうか」
「あん? いや別に教えて良いよ。如月は1人で生き残り勝利、音羽は市川を生かしたまま勝利だった」
「えっ……」

 ――ツッコミどころがあり過ぎる!!
 一つ一つ解決していこう、と頭を抱えながら急に増えた情報を整理する。

「えーと、市川さんは僕とペアだったからもう死亡している訳ですし……。それってつまり、音羽さんは必然的に個人目標を達成出来ませんよね」
「そうなるな」
「わーん、ごめんな鈴音!」

 何故か謝る市松に対し、九条が笑いながら残酷な言葉を投げかけた。彼は案外容赦が無い。

「あはは、面白い事を言うね。音羽さんが勝利したら村人陣営は負けてしまうのだけれど」
「分かっとるわ! でも申し訳ない気持ちはあるんよ、ホント!!」

 それもそうだが、筆答すべきは如月の個人目標だ。これは――

「如月さんの個人、厳しくないですか?」
「何故」
「何故、って……。だって狼ってペアとの2人きりなんですよ? その片方をその、自分の手か誰かの手で始末した上で1人ゴールって事ですよね。難易度が可笑しいでしょう」

 正論を言ったつもりだった。しかし、柳楽は薄ら笑みを浮かべるとモニターを見ながら予想外の言葉を吐き出す。

「いや、これでいい。何にも問題無いな」

 あー、と市松が手を打つ。

「だからあの時、急に出て来たんか! 依織! 明らかに何や慌てとったもん」
「僕も見ていたけど、あれは如月さんの判断が正しいね。今日、市松さんだけ生き残っているのは不自然だ」

 ――そういえば、如月さんはどんなスキルを持っているんだろう。
 音羽の方は、最初の頃に「戦闘系のスキルは持っていない」とはっきり断言している。周囲の足を引っ張らないようにとの配慮だろうが、あっさり所持しているスキルを暴露するのはどうかと思ったのを覚えているからだ。

 しかし、如月依織は違う。彼女は自身のスキルについては一言も話してなどいなかった。それに、気のせいかもしれないが入試の時に彼女を見た記憶が無い。
 勿論、方々から受験しに来た受験生で溢れかえっていたので出会わなかった可能性も大いにある。あるが、何故だか彼女が他の受験生と同様に受験している場面をイメージ出来なかった。

「先生、如月さんはどんなスキルを持っているんですか?」
「個人情報だから俺からは教えられんな。というか、考察が醍醐味だろうが」
「た、確かに……」

 一つは何となく分かっている。昨日、市松を追いかけて行った時に瞬時に目の前から消えてしまったのをしっかりと目撃しているからだ。なので、恐らくはメインスキルが移動系のスキル。
 残りは分からないし、メイン一本かもしれない。点で移動しているのか、線で移動しているのかによって便利さも変わってくるので一概にこれはこうだと断定は出来ないだろう。

「いや、待てよ……。そういえば、九条くんのセンサーは何で鳴ったんだっけ?」
「さあ? 僕も気がついたら鳴っていてね。よく分からないんだ」
「そんな馬鹿な……」

 これは如月ではないのだろうか。いや、恐らく如月か音羽なのだが何のスキルなのか片鱗すらも掴めない。
 思考に耽っていると市松がつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「なんでもええけど、あのか弱い2人が海崎に勝ててるところが想像出来んわ。ぶっちゃけ、海崎を後回しにした上で警戒されとる状況になった時点で詰みやろ」
「そうかな……。でも」

 ――もしかしたら。
 それは言の葉にならなかったが、ある種の期待を持っている事を天沢は正しく理解していた。或いは、何か奇跡が起れば。狼ペアが勝つかもしれないと。