2話 過酷すぎるペアワーク

08.天沢の判断


 苦肉の策。言葉を選びながら依織は訊ねた。

「何か前にさ、鈴音ちゃんってメインスキルが治癒系だって言ってなかったっけ?」
「え? うん。私のメインスキルは『治癒EX』だから、大怪我しても止血までなら完璧かな。流石に死人はちょっとどうしようも無いけれど……」
「それって、頭痛とかにも効く?」

 何故か酷く意外そうな顔をされた。ややあって、鈴音はその首を横に振る。

「ごめんね、依織ちゃん。治癒系のスキルって基本的には怪我にしか……。どうしたの、具合でも悪いの?」
「いや、頭痛持ちでさあ」

 ――そう都合良くは行かないか……。
 言葉を濁して遠回しに訊ねてみたが、やはり病気的なアレではスキルの活用も見込めないらしい。相変わらず、いつも通りにスキルの乱発は不可。最終日くらいにしか無茶は出来ないという事か。
 成績が懸かっているとはいえ、明日動けない程頑張るつもりもない。そもそも、成績もクソもなく学園へは強制的に入学させられたようなものだ。モチベーションが上がり辛いのは致し方ない事だろう。

 更に鈴音と今後について話をしようとしたら、ゆっくりと教室後ろ側のドアが開いた。やあ、と片手を上げているのは天沢悠木。そして一緒に市松京香も居る。言うまでも無く、彼等は今回のペアだ。

「あれ、どうかしたのかな?」

 鈴音が首を傾げながら訊ねる。
 困ったように微笑んだ天沢が用件を話し始めた。話の速度が速いので、何か大事な提案であると見受けられる。

「あー、えーっとさ、課題の話なんだけど。今は音羽さん達か海崎くん達が狼って事で話が進んでいるよね?」
「うん、そうだね。残念だけど」
「それでその、僕達は決め打ちするなら海崎くん達が狼なんじゃないかと思って。それで来たんだ」

 ――話が一向に見えないな。
 どちらに賭けるかなど、個人の自由だ。それをわざわざ今、狼疑惑の掛かっている自分達の前に現れてまで話をする必要性が感じられない。
 鈴音に任せていては会話が終わってしまいそうだったので、依織は口を開いた。

「それで、何の用件で来たの? わざわざそれを私達に報告する為、なんて事は無いんでしょ?」
「あ、ごめんね話の要領が悪くて。それで――そう、今から。海崎くん達を襲ってしまおうかと思うんだ。どうして今なのかは言わなくても分かると思う」

 それは理解が出来る。詰まるところ、彼等はどちらのペアも信じている訳ではない。疑惑が掛かっている片方を処理すれば、狼は完全に絞られてしまう。彼等を天国に送ってもゲームが終わらないなら、鈴音ペアが狼だ。
 そして、初日にそれを暴ければ村人の勝ちはほぼ確定する事だろう。なので、1週間掛けて狼を葬るより早々に決着する事を天沢は望んだ。

 ――うーん、どうしようかな……。
 確かに海崎ペアは早急に処理したい。ただ、彼等の死亡は即ち狼の露出と同義だ。更に個人的な問題として日比谷もどうにか葬っておきたい。出来れば、自由に動ける今のうちに。
 であれば、天沢と現在接触しているのだから、このペアを食い潰してしまえば村人を減らす事に繋がるはずだ。

 ――よし、天沢くんと京香ちゃんも早めに退場させておこう。出来れば今日中に!

「分かった、じゃあ天沢くん。海崎くんがローラーを始める前に討伐しよう」
「うん、そう言ってくれると思ってたよ」

 ところで、と京香が口を開く。

「依織と鈴音はこの無人の教室で何しとったん? みんなもう、寮に帰ってる奴がほとんどやけど」
「いや、何か教室が空っぽになったから、お話してただけ」
「依織、あんた結構変わってる子やね。前から思ってたけど」

 どんな風に認識されていたのだろうか。気になる。
 ともあれ、今からの算段は間違えられない。海崎に絡みに行くと見せ掛けて天沢と京香のセンサーをタッチ。多分、向こうも完全にこちらがシロだと信用している訳ではないだろう。逆にやりやすい。
 逃がすと漏れなく終わる。絶対に始末し、天国部屋へ送り届ける事。

 ***

 鈴音は依織がやろうとしている事を瞬時に察した。
 それは同じ狼視点で物事を見ているから当然なのだが、問題はそこではない。

 ちら、と京香を見やる。天沢はやや警戒しているように見えるが、どこかのんびりしている彼女は警戒心が薄いようだ。恐らく、依織ペアがシロだと思っているのは彼女の独断だろう。

 音羽鈴音の個人目標は「市松京香を生かした状態でゲームに勝利する」だ。つまり、今ここで京香を闇に葬られるのは困る。ただし、天沢の方は体よくお払い箱にしなければならない。

 ――どうしよう……どうすれば……。個人目標は捨てるべき? でも、そもそも依織ちゃんの個人目標も分からないし、聞いたら教えてくれるの? 自分の目標をそれとなく優先するべきなのかな?
 グルグルと取り留めの無い思考が回る。しかし、一方で依織は天沢を伴って教室を出て行こうとしていた。当然、それに京香も付いて行っている。

「ちょ、ちょっと待って依織ちゃん!」
「え? え、どうしたの」

 慌ててそれを止める。思考がまとまっていないので、掛けた言葉の続きを待つ依織の視線が痛い。

「あ、あのー、ちょっとお手洗い。いこっ、京香ちゃん!」
「え、うちも?」

 首を傾げる京香を無理矢理引っ張って言った通り、トイレへずんずん突き進んで行く。依織の視線が背中に突き刺さるが、彼女は追って来なかった。

 依織のスキルは融通が利くもののようだし、依織が天沢の相手をしている間に京香を逃がそう。