2話 過酷すぎるペアワーク

02.物騒な呟き


 柳楽が教室を出て行ってすぐに、例の実技テスト用のメールが送られて来た。授業が始まるまで数分あるので、こっそりとスマートフォンのメールフォルダを開き、中を改める。

「……」

 思わず真顔になった。
 ペアは音羽鈴音。陣営は狼。
 個人目標が――「一人で生き残る事」。これはつまり、ペアをも抹殺して最後まで生き残れという事なのか。
 ――いやいやいや、私の個人目標厳しくない!? 仲間は鈴音しか居ないのに!
 心中で柳楽を呪う。しかし、ここで1限の理科担当教師が教室へ入って来たので強制的に思考は打ち切られる事となった。ミーティングすら出来ない完璧なタイミングだったと後に依織は語る。

 ***

 1限終了後、10分休みにて。
 1人が自らのペアの元へ駆けて行ったのを皮切りに、教室の中ではヒソヒソとペア達が密やかに会話をしている風景が溢れた。凄く仲が悪いクラスみたいに見えて面白い。実際のところ、特に仲良しクラスではないけれど。

 狼とはいえ、孤立して浮いてしまっても問題なので依織もまた鈴音と密やかに言葉を交わす。まさか狼を引きましただなんて顔にすら出せない。

「とりあえず依織ちゃん、連絡先を交換しよう? いつでも連絡が取れるように」
「あ、うん。えーと、メッセの方で良い?」
「そっちにしようか。でも、通知は消しておいてね」

 ――大事な事は誰でも開けられるアプリで送らない方が良いのでは。
 と、そこまで考えてあまりにも突飛な発想だと失笑する。誰が人のスマホの中身など見ると言うのだ、実技のテストで。立派な犯罪である。

「柳楽先生は仲良しと組ませた、って言ってるけど割と適当に見えるね」

 鈴音が小さく顔を綻ばせながらそう言った。こちらは村人ではないので、多少周囲を見る余裕がある。彼女の視線をたどっていくと、芳埜の姿が見えた。彼女は隣の席に座っている九条宗介と話をしている。
 あの2人に仲良しというイメージは欠片も無いのだが、まさか隣同士とかいう安易な理由で組ませたのだろうか。完全に否定は出来ない。

 一方で、京香は天沢とペアのようだ。わざわざ天沢の方から彼女へアプローチを掛けている。なかなかに相性がよさそう。

 ――日比谷くんは……。
 あの凶悪な顔で誰と組んだのか気になり捜してみる。しかし、彼と対峙している女子生徒の名前が出て来ない。対面で自己紹介をしたクラスメイトではないのだろう。

「依織ちゃん、今日はどうする?」
「んー……。それも含めて、2限の時に考えてみる」

 どうすると急に言われてもすぐには思い付かない。ペアワーク、それも片割れが友好的な前の席の彼女である以上、手を抜き過ぎて反感を買うのは避けたい所存だ。
 なので、2限の昼寝時間を削って今日の行動を考えなければ。

 非常に打算的な思考をしていると、不意に聞き覚えのある声が鼓膜を打った。

「チッ、面倒臭ぇ。ンだよ、ゲームだあ? 次の時間で人数半分くらいに減らしてやる」

 ――海崎晴也。
 眉間に深い深い皺を寄せた彼は今にも襲いかかって来そうな、獰猛な動物のようだ。そして彼のペアなのだろうか。いつか見た、パシられていたクラスメイトが顔を引き攣らせているのが見える。
 ちら、と鈴音の様子を窺うと彼女はやや青ざめた顔をしていた。当然である。

 ***

 2限目、数学。
 ちょっと変わった教師である三代結大の授業だ。

「先生はなー、偶数が嫌いだ! 割り切れるなんて面白くもなんとも無い。そうだろう!?」

 何の話から派生したのかは聞いていなかったので分からないが、そんな彼は今、奇数と偶数について熱弁している。授業はどうした、授業は。

 それにしても、太陽の光が暖かい。非常に眠たくなってくる――
 と、良い感じで睡魔に襲われた瞬間、先程まで奇数と偶数について述べていた教師が不意に名指しで当ててきた。はっと目を覚ますと、意識が飛んでいるうちに書かれた訳の分からない数式の羅列。おいおい、冗談じゃないぜ、と半ば現実逃避しなら唸る。

「如月さん、如月さん……! 教科書、10ページだよ」
「あ、ありがと――」
「依織ちゃん。代入の数式だから、左側」
「ど、どうも……」

 天沢と鈴音による完璧なフォロー。気付けば問題が解け、何故か良い笑顔をした三代結大から座って良いとの指示を受ける事に成功した。

「――……!」

 座る際、前の席の鈴音が自然な動作で膝の上に隠し持ったスマホの画面を指さす。そこには「休み時間はスマホを見て」、という指示が書かれていた。
 何だかスパイごっこみたいで楽しいな。
 急に面白味を見出した依織は薄く笑みを浮かべた。