2話 過酷すぎるペアワーク

03.海崎の野蛮思考について


 ***

 中休みというのは20分休憩だ。午前中にある休憩で、意外と何もする事が無いので基本的に依織はこの謎の時間が嫌いである。

 しかし、今日だけは違った。
 何せ、鈴音からスマホを見るよう指示を受けている。ややウキウキしながら、スマホの画面を付けた。先程教えたメッセアプリにて、鈴音の作戦めいた文言が踊っているのが分かる。

『今日はみんな警戒しているみたいだから、様子見しておこう? でも、依織ちゃんに何かアイディアがあるなら教えて欲しい』

 1日様子見より、負担を1週間に分担したい所存。何せ、厳密には使用制限など無いはずのスキルだが乱発すれば次の日休む事になりかねない。その場合、恐らく強制退場と相成るので回り回って鈴音に迷惑を掛けてしまう事になる。
 それとなくスキルを1つだけ教えてやろうと、返信した。

『私のメインは『瞬間移動』だから上手く他人の仕業に見せ掛けられるかもしれない。覚えといてね』

 ――よし、返信と。
 そういえば鈴音は治癒系スキルを持っている、と前に言っていた気がする。が、他のサブスキルはどうなのだろうか。あまりスキルについて人と語りたく無いので、そういう話題にならない。
 後で聞いてみよう、と心に決めた瞬間、教室に怒号が響いた。

「おいテメェ等、今すぐ席に着け!!」

 中休みである事を忘れた教師かと思って教団を見たら、全く予想外の人物が立っている。
 何をそんなにカッカしているのか気になる切れ顔。大人数を前にまるで物怖じしない態度――海崎晴也だ。隣には例のパシリくんを連れているが、彼は彼でげんなりした面持ちである。可哀相に。

 困惑した顔で前の席に座っていた鈴音がこちらを振り返る。もののついでと言わんばかりに依織は訊ねた。

「ねえ、鈴音ちゃん。海崎くんの隣に立ってるの誰だっけ?」
「え? ああ、神木翔太くんだよ。そんな事より、何するつもりなのかな。海崎くん」
「うーん、取り敢えず話があるっぽいから聞いてみようか」

 圧倒的なリーダー気質を遺憾なく発揮した彼は黒板の前で、半ば叫ぶように言葉を紡ぐ。その激しい感情を多く含んだ声音は、教室内に居るクラスメイト達の視線を彼へと釘付けにするのに打って付けだ。

「おう、このゲームを攻略する良い方法を思い付いた」

 ざわつく教室。それに気をよくした風も無く、海崎は自らの考えを振り翳した。

「いいか、全員で殴り合って、最後まで生き残ってた奴が勝ちだ。1週間もクソくだらねぇお遊びなんざやってられっか!」
「ええ……?」

 パシリくん事、神木翔太はペアの暴論に困惑している。これは相方と打ち合わせせず、急に言い出したんだろうな、そんな雰囲気だ。
 こんな馬鹿な考えに乗る奴いないだろ、とそう思っていたがクラスメイトが真っ二つに割れる。一つは海崎の考えを支持する、恐らくはスキルの性能に自信を持っている面々。
 そしてもう一つはアホなバトルロワイヤルを馬鹿にしている静かな過激派だ。

「海崎、お前馬鹿か? 村人陣営は人数が減れば減る程不利なのに、悪戯に人数を減らそうとするな」

 ――日比谷桐真。
 彼は馬鹿にするような視線でも何でもなく、純然たる事実を語るように淡々とそう言ってのけた。ド正論であったせいか、バトルロワイヤル推奨派の生徒達が我に返ってやや静まる。
 しかし、彼等の関係はまさに火と油、犬と猿。
 ピキッと何時ぞやのように海崎の米神に青筋が浮くのがはっきりと見えた。

「あぁ? テメェこそ何なんだよ毎度毎度……。タイマンで狼に勝てねぇような雑魚は引っ込んでろカス!!」
「頭の悪い脳筋戦法しか思い付けないような思考能力が雑魚のお前には言われたくない。これだから物事を考えられない間抜けは嫌なんだ」
「はぁ!? まずはテメェからブチ転がしてやろうかッ!?」

 まさに一触即発。
 マジでバトルロワイヤルが始まる5秒前、と言ったところか。張り詰めた糸のような空気に依織まで固唾を呑んで行く末を見守る。どう割って入るべきかも分からない。

 が、ここで意外な伏兵が登場した。依織の隣、ずっと事の成り行きを恐々とした表情で見守っていた天沢悠木だ。

「あの、ちょっと良いかな」
「あぁっ!?」
「うわっ、いや、だからさ、流石に村人が減り過ぎるのは良くないし時間はまだあるよね。取り敢えず、もう少し考えてみようよ。今すぐに決めるんじゃなくて」

 舌打ちした海崎があらぬ方向を見やる――否、時間を確認したのだろう。後5分で中休みが終了する事に気付いたのか、舌打ちする。
 頭を苛立ってガジガジと掻いた彼は今にも掴み掛からんばかりに日比谷へと接近していた足をあっさりと止めた。しん、と静まり返った教室に海崎の正論がいやに響く。

「何でも良いけどよ、狼狩りしなきゃ俺等村人は負けだからな。綺麗事言ってる場合じゃねぇだろ、常識的に考えて」

 バトルロワイヤルでもやらかそうとしていた時はルールを把握していないと思っていたが、ちゃんと理解しているのだろう。であれば、海崎は「全員で殴り合いをしても生き残る自信がある」という意思表示に他ならない。
 皆が皆、最後の捨て台詞について思う事があるのか、静まり返った教室に予鈴が響き渡る。授業がすぐに始まるのだろう。

 それを聞きながら、依織の思考は続いて日比谷桐真の方へと寄っていた。海崎は前々からこんな人物だったのかもしれないが、日比谷は違ったような気がする。もう少し、否もっとずっと穏やかではなかっただろうか。
 ――もっとこう、楽しげな記憶は……。
 教師が教室へ入ってくるのを尻目に、依織は記憶の海へと思考回路を沈めた。