2話 過酷すぎるペアワーク

01.抜き打ち実技テスト


 学校生活が開始して1週間が経過した。体力が付くような日程ばかりだからか、毎日ぐったりと疲れて寮の自室へ戻っている。最初は元気だった他のクラスメイトも、1週間経てばあらゆる事に目新しさが無くなるからか疲れ切った顔をしているのが目に見えて明らかだ。

 そんな、誰もが気怠さを抱えている月曜日。
 担任、柳楽理人が平坦ないつも通り過ぎるテンションで爆弾を投下した。

「よし、じゃあ実技の抜き打ちテストでもやるかな。つってもまあ、実技だから抜き打ちもクソも無いが」

 途端、ざわつく教室。当然だ。何故、気持ち的に最も疲れている月曜日に疲れる要因を作り出すのか。甚だ疑問である。

「先生、それは成績に……」
「うん。反映されるぞ、そりゃな。というか、言うまでも無いが1組は筆記より実技の得点のが高いから」

 更に教室がざわつき始めた。成績なぞ端的に言って最悪で無ければ何でもいいというタイプのずぼら人間である依織でさえ、眉根を寄せる。
 実技のテストなど、気疲れから単純な疲労まで疲れが選取り見取りセットではないか。適度なところというか、なるべく全力にならないようなテストが好ましい。明日に響くのは勘弁願いたいものだ。

 そんな依織の願いは恐らく届いていなかったのだろう。ボードに視線を落とした柳楽が、淡々と『実技テスト』について話し始めた。

「期間は1週間」
「1週間!?」
「どうしたー、如月。静かにしろ」
「アッハイ」

 身体を疲れさせないように、と事を運ぶつもりだったのにこの緊張状態が1週間も続くと言うのか。早くもうんざりした気持ちになってきた。これは、体調不良などで途中退場した場合はどうなるのか。

「今回はゲーム形式。先生が勝手に人狼ゲームをオマージュしゅて作ったから、割とエグい内容になってる」
「人狼ゲームって、あの友情崩壊ゲーと名高い人狼ですか?」
「おう。まあ、違うのはお前達が狼にあっさり狩られるようなただの村人じゃないってところだな。あ、あとペアワークだから」

 要領を得ない柳楽の説明を、無理矢理まとめると以下の通りになる。

 まず、前提としてペアワーク。狼が1ペア、残りは村人だ。村人には1ペアではなく、1人だけ『占い師』という役職がある。昼や夜のフェーズは別れていないので、狼は村人を見境無く襲う事が出来るし、村人もそれに対してスキルを使って反撃してもいい。
 うなじ付近にタッチする事で音が鳴るセンサーを装着し、音が鳴れば死亡扱いで退場となる。

 陣営事の勝利条件は単純明快だ。
 村人陣営は狼ペアの抹殺。
 狼陣営は村人の全滅、もしくは金曜日の下校時まで生き残る事。

「人数が減ると村人の方が不利だね」

 隣の席に座っている天沢悠木がしんみりと呟いた。というか、狼ペアが誰であるのかが全てのような気もする。
 そんな天沢の呟きを耳聡く拾った柳楽が肩を竦めた。言う事は尤もだが、反論がある。そんな動作だ。

「ま、狼ペアの方が人数が少ないからな。どっちが有利って事も無いだろ。まあ、先生の単純な思い付きってやつだ。不具合が生じれば次回からは改善する」

 ――次回、あるのか……。
 まず今回やってみて、体力的に無理そうなら担任である彼に相談すればいいのだろうか。聞き入れてくれるとは到底思えないのだが。
 先生、と鈴音が小さく手を挙げた。

「何?」
「死亡扱いになった生徒はそのまま教室に戻るのですか? 狼ペアの顔、見ちゃってると思いますけど」
「まさか。別室で授業だよ、死人は。通称、天国部屋だ。死人はモニタリング出来る権利が与えられるから、まあ、他生徒の立ち回りでも観戦しててくれ」

 変なところで徹底しているが、これで「顔も見られずに村人を暗殺しろ」という狼への無茶ぶりだったら早々に死亡して天国部屋へ行くつもりだった。やる気が失せる。

「で、センサーを付けるつったが、まあルールがある。スキルは使って良いが、センサー以外の箇所への執拗な攻撃とかはするなよ。大怪我するような真似も禁止な。授業中に暗殺でもしてみろ、教師陣はやり返すからな」
「授業中は授業やれ、って事ですか」
「ああ、当然だ」

 授業中にゲームの延長戦をやるのは禁止、センサーではなく付けている本体を攻撃するのも原則禁止――実技のテストと言うより、圧倒的不利・有利な状態での立ち回りをテストされているのかもしれない。
 であれば、どちらの陣営になっても生き残る事が第一。

「ああ、あと一点。ま、陣営によって人数が違うからな。個人目標を設定する。それぞれ全員違う目標を持ってるが、前提としてチームを勝たせた上で個人目標に挑むように。その辺は数字の問題ではなく、俺が個人的に査定してるからな」

 個人目標――また七面倒くさいものを。心中で呟いた依織は早々に今週の立ち回りについて考え始める。柳楽は役職をくじ引きで決めたなどとは一言も言わなかった。加え、村人ならともかく狼に攻撃系スキルを持たない生徒が偏った場合、詰む。
 となれば柳楽の考えたペアでゲームを開始するはずだ。つまり、入試を受けておらず成績が不透明な自分が狼陣営になる事は無い。

 しかし、ここで依織の思考を嘲笑うかのように柳楽が呟いた。

「ああそうだ、ペアだが最初だし俺が独断と偏見で選んだ仲良さそうな組み合わせで取ってるから。それで、まあ流石に前回みたいにくじ引きで決める訳にはいかねぇから、狼もこっちで決めといたぞ。メールで送るから各自確認するように」

 言うや否や、柳楽は教室を出て行った。1限は理科、彼の管轄では無いからだろう。