1話 学園生活1日目

10.昼休みハプニング


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 昼休みに突入した。クラスメイト達は思い思いのメンバーと一塊になり、談笑を楽しんでいる。
 依織と鈴音のいる席にも、先程の休み時間にご一緒した京香と芳埜がやって来て賑やかな様相をなしていた。現在はデリバリーされた学食、ハンバーグ定食を食べながらお喋りを楽しんでいる状態だ。

「そういえば、さっきの授業はみんな分かったかな?」

 不意に、そうかなり自然にそう切り出したのは鈴音である。まさかとは思うが、この休み時間という休む為の時間に授業の復習でもするつもりなのか。
 ぎょっとして彼女を見守っていると、予想は嫌な方向に的中した。案の定、鈴音は更に言葉を続ける。

「今のうちにみんなで分からないところを教え合ったら、抜き打ちテストとかあっても平気だね」

 ――ええー、その話題は……ご飯時間にはちょっと。
 他のみんなもそうだよね、と淡い期待をしながら2人の顔を見やる。先に口を開いたのはハンバーグを箸で突いていた芳埜だった。

「分からない所も何も、ただの小・中学の復習だったな。最後、人工スキル? のアレだけは初めて聞いた話だったけど」
「せやなあ。まあ、あの柳楽とかいう教師、面倒事とか嫌いそうやし分かりきったところでわざわざ抜き打ちとかせんやろ。たぶん」

 ――あれっ、みんな意外と乗り気じゃん……?
 何が起きたのか分からない。分からないが、とりあえず復習をするという行為そのものについては抵抗を持っていないのが見て取れる。
 黙っていると、変な所から火の粉が飛んできた。

「依織ちゃんは大丈夫? 寝てたみたいだけど……」

 前の席である鈴音にはどうやら寝息が聞こえていたらしい。あからさまに心配そうな顔をする彼女にやらかしたと頭を抱える。この真面目属性の人達に囲まれているというのに、何故居眠りなどしてしまったのか。
 疲れやすい体質を呪っていると、無言を肯定と捉えたのか、更に踏み込んだ質問を投げかけてくる。

「授業の前半部分だけ、教えようか? 私達の復習にもなるし、良いと思うんだけど」
「依織、お前本当に最高だわ。よく寝れるな、あの授業で!」

 芳埜が大笑いする中、どうすべきかを思案する。正直、休み時間にまで授業の話はしたくない。したくないが、その授業中に眠っていたのは他でもない自分だ。その皺寄せがどこでされるかと言えば、当然休み時間である。
 自分自身のやる気の無さに落胆しつつ、依織は小さく頷いた。他より知識量が劣っている以上、授業前半部の話題は貴重だ。

「念のため……何の話をしてたか聞いてて良いかな?」
「うん、分かった。任せて、依織ちゃん!」

 流石は天下の宝埜学園をまともに受験して、受かっただけの事はある。全員が柳楽の適当な説明で全てを理解しているという優等生ぶり。こちらも一応、与えられた復習内容に関して質問を試みたりしているのだが、とにかく一瞬で答えが返ってくる。
 これは下手な事を言って、自らアホである事を露呈させているのではないだろうか。

 しかし、ここでハプニングが起きた。突如響き渡る、聞き覚えがあり過ぎる怒号。

「ああんッ!? 何でテメェにンな事言われなきゃいけねぇんだよッ!!」

 教室がざわつく。物覚えの悪い依織でも、流石にそれが誰の声であったのかを瞬時に理解した。慌てて自席から廊下を見やる。
 言わずともがな、怒鳴ったのは海崎晴也だ。
 しかし、恐ろしい彼と対峙しているのは天沢悠木である。

「な、なになに!? 喧嘩かな? 喧嘩かな?」

 狼狽えた鈴音が怯えたような声を上げた。それを皮切りに、教室内でヒソヒソと囁き合うクラスメイト達。止めた方が良いのか、いや誰か教師を呼んで来た方が良いのでは、いっそ誰か急に殴り込みに行ってみたら――
 囁き声は聞こえるものの、実際に行動に移す者はいない。総じて、状況を見守るのみだ。

 しかし、ここで勇者が一人。なおも一方的に怒鳴り散らす海崎をちらり、と視界に入れた彼――日比谷桐真は眉根を寄せると口を開いた。

「おい、うるさいぞいい加減にしろよ。ぎゃーぎゃー騒ぎやがって耳障りなんだよ」

 ――いや言い過ぎぃ!!
 前半部分だけならまだ注意で済まされたが、後半部分は完全に喧嘩を売っているとしか思えない台詞だった。
 案の定、遠目に見ても分かる程、海崎の眉間にピキッと青筋が浮く。もうこれ、マジでキレる5秒前スタイルに違いない。
 それまで囁き合っていたクラスメイト達も火の中にガソリンをぶちまけるかのような所業に戦慄しているのが分かる。

 海崎の怒りの矛先が、天沢から日比谷へとはっきり移り変わった。

「……はぁ? 誰だよテメェ、急に出て来やがって――」
「急にじゃないだろ、ずっと教室に居たんだから。これだからお前みたいな鳥頭は嫌なんだ」

 もうこれ多分、収集着かないな。依織は事の終息を期待するその事を早々に諦めた。そうと決まれば生徒などより位の高い存在、例えば担任教師などを召喚する他ないだろう。
 どうやれば海崎の隣を見咎められる事無く通り過ぎる事が可能なのか。思考を巡らせる。このままでは昼食を摂った気がしないので早急に解決したいものだ。