1話 学園生活1日目

04.担任の名前が分からない


 話題は移り変わり、いつの間にか今日の入学式についての話題になっていた。

「そういえば、入学式が終わったらすぐに授業なんだって。凄いよね」
「流石は天下の宝埜。教育に対する力の入れ方が違うなって、僕でも思うよ」

 その話については、朝から貰ったプリントで把握している。2人ともそうなのだろう。いくら優等生思考とはいえ、初日から授業はやはり歓迎出来たものではないらしい。嫌だよねー、と当たり障りの無いコメントをしようとした。
 のだが、それは言葉になる前に呑込まれる事となる。

「おーう、席に着け」

 気怠そうな声、教室に入ってきた唯一無二の大人。
 恐らく――否、間違いなく1組の担任であろうその男は、全く予想通り教壇に陣取った。
 黒い癖のある髪を一つに束ねている。眠そうで気怠そうな顔、全体的に教育者として問題のありそうな服装。近所のだらしないおじさんみたいだ。この人本当に担任、というか教師?

 皆が興味津々に教壇に立つ男を見守る中、時計をちらっと見上げたその人は口を開いた。

「今から入学式だから体育館に移動しろ」
「いや、先生は、えっと、1組の担任なんですよね? 自己紹介とかは……」

 流石にこのまま解散はまずいと思ったのか、ねじ込むようなタイミングで天沢が立ち上がり、訊ねた。唐突な勇気に教室内から「いいぞいいぞ」、という視線が集まる。
 それを受けた教師は面倒臭そうに眉根を寄せた。なんでこいつはこんな面倒臭そうにしているんだ、というシンプルな疑問が湧き上がる。

「いや、割と時間押してんだよな。ここから入学式をやる第2体育館って結構離れてるし、今は自己紹介とかしてる場合じゃねぇんだよ。まあ、うっかり転た寝した俺が悪いんだけど。そういう訳だから、配られるプログラムでも見て俺の名前は探しといてくれ。あ、諸注意だが、まあ特に言う事は無い。寝てても怒らねぇし、起こしもしねぇからとにかく黙って座っててくれ。以上、解散」

 ――雑ぅ!!
 滅茶苦茶早口でそう言った教師は僅か1分で教室から出て行った。こいつ何をしに来たんだと思わないでもないが、続く音羽鈴音の言葉にそれどころではない事を悟る。

「い、依織ちゃん、天沢くん! 今ちょっと学内地図を見てみたけど、本当に第2体育館までかなり遠いよ。ちなみに、入場まで後5分だから、全力で走らないと間に合わないかも……!!」
「え、ほんと? 嘘でしょ走りたくないわ。バックレていい?」
「駄目だよ、如月さん。体力が無いのなら僕が背負って走るから、頑張ろう!」
「アッ。いや、そこまではしなくて良いです」

 いまいち冗談が通じないご近所メンバーと共に教室を飛び出す。
 過労体質である事は理解しているので、ここから第2体育館とやらまでこの速度で走れば、きっと疲れ切ってしまうだろう。入学式は爆睡だな、依織は如何に直立で船をこかずに眠る事が出来るのかについて思いを馳せた。

 ***

 結果的に言えば、クラスの皆が入学式の開始に遅れる事無く間に合った。1組が居ないので場は騒然としていたが。
 ようやく一段落し、割り当てられた椅子に腰掛けた所で今までの疲れがどっと押し寄せてくる。何故こんなにも早い段階で疲れ切らなきゃいけないのか。甚だ疑問である。

 ともあれ、式が始まるにはまだ少しばかり時間があるので手元のプログラムに視線を落とす。1組の担任は『柳楽理人』となっていた。名前くらいあの場で名乗れば良かった気がしないでもない。

 そして、ぶっちゃけ担任の名前以上に気になっている事がある。
 ――1組の生徒数、少なくない?
 どのクラスも名簿を見るに38〜40人の生徒で構成されている。にも関わらず、1組の人数は22人しか居ないのだ。おかげさまで並ぶ椅子の数が少なく、逆に目立ってしまっている。
 誰もこの状況に疑問を覚えていないのか。周囲を見回してみるも、他のクラスメイト達はこの事実を意に介した様子も無い。

 あんまりにも気になったので、隣に座っているクラスメイトに声を掛ける勇気を振り絞る。またも席が端だったので、話しかけられるのが隣しか居なかったのだ。
 入学式における隣人の印象は一言で表せた。
 ボーイッシュビューティー。ベリーベリーショートヘアーに、中性的な顔立ち。身長はこれ、170センチを超えているのではないだろうか。この威圧感満載のお隣さんに今から話しかけなきゃいけないのか、鬱である。

 短く息を吸い、ようやくお隣さんに話しかける。

「あのー、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

 緊張のせいか、上擦った声が出てしまった。しかし、幸いな事に彼女とは教室の席が離れている。普段の声音と違う事を悟られはしなかった。

「ああ、何? というか、名前何だったっけ」
「あっ、如月依織と申す者です」
「その話し方はデフォ? あたしは篠坂芳埜。よろしく。それで、何か用事があるんじゃないの?」

 特に嫌がられている空気は無い。無いが、とにかく威圧感。どちらも座っているはずなのに見下ろされる形となるので、とにかく恐ろしく見える。とはいえ、このまま黙っていてキレられても困るので依織は予てからの疑問を口にした。