1話 学園生活1日目

05.女子のグループ確保のいろは


「えーっと、どうしてうちのクラスってこんなに人数が少ないのかな、って……」
「えっ。それ今? このタイミングで疑問に感じる事? いや、模範的に答えるならテストのハードルが高いからだとしか。うちのクラスは筆記と実技の両方で合格点を取った生徒を全員入れる事になってるけど、そのハードルが高すぎるせいで、適正就職科に受かるのがこの人数って事さ」
「えっ、そうなんだ……」

 推薦状と印刷された、あの薄っぺらな紙1枚でこの学園に来たので、てっきり割と誰でも入れるものと思っていた。いや、よく考えたら天下の宝埜学園がそんなに緩いはずもないのだが。

 一人で納得していると隣で腹を抱えて笑う篠坂の姿が見えた。必死に堪えてはいるが、その笑い声は彼女自身のお隣さんにも聞こえてしまっている事だろう。
 変な事を聞いてしまったのか、段々と不安になってきた――

「いや、いいよ。依織。あんた最高だわ。うっくっく……テキトーにテスト受けましたの代名詞みたいな奴だね、あんた。嫌いじゃないわ、そういうの……!!」
「ま、まさか。ずぼらなだけだって」
「よく考えてみれば、クラスに何人居るかなんざ、受かってしまえば関係ないもんね。あたし、そういうこざっぱりした考え方は好きだよ」

 調べるも何も、気付いたら学園に入学させられていました、とは口が裂けても言えない空気になってきた。この事実は墓場まで持って行く覚悟で生きて行こう。

 なお、この後に始まった入学式は終始爆睡してしまった。それも篠坂芳埜に笑われる事となったが、その辺のお話は割愛する。

 ***

 入学式終了後、教室へ戻ってみると手本みたいに綺麗な字で黒板に伝言が書かれていた。曰く、「次の時間は授業となっています。10:30まで20分間の小休憩を挟んでください」との事。恐らくこの伝言を書いた人物は担任・柳楽理人ではないなと直感した。

 散々、入学式でお昼寝休憩していたが疲れは抜けきっていない。あれは、そう。どちらかと言うと省エネモード。体力を消費しないだけで、回復している訳ではない状態なのだ。
 やる事が無いのでぼーっとしていると、不意に天沢悠木が立ち上がって教室から出て行った。あれは多分、何か用事がある動きだと思う。

「よう、あれだけ寝てたのにまだ眠いの?」
「んあ、篠坂さん」

 天沢の代わりにやって来た篠坂芳埜は、躊躇いなく彼の席に腰掛けた。片手を挙げて微笑む姿はその辺の男子より格好良い。中性的な顔って得だな、と少しだけそう思った。

「おま、篠坂さんて。あたし達の仲だろ」
「マジかよ、よっしーの。私達ズッ友」
「よっしーの……!?」

 話し声に気がついたのか、前の席に座っている鈴音がこちらを振り返った。穏やかな笑みが自然と浮かんでいるのが見て取れる。

「2人とも、入学式の時も楽しそうにしてたよね。友達なの?」
「ああ、うん。30秒前にズッ友になったわ。えーと、どちらさんだっけ?」
「私、音羽鈴音。よろしくね、えーっと、芳埜ちゃん」
「お、あたしの事知ってんじゃん」
「入学式のプログラムに名簿があったでしょ。それで、依織ちゃんが「よっしーの」って言ってたから、篠坂芳埜さんの事だと思って」

 ――全体的にみんな頭が良いんだよなあ……。
 まるで探偵同士の会話みたいだ。与えられた情報を瞬時に吸収する才能、羨ましい限りである。

「鈴音、今ちょっとええ?」

 また新しい人物が増えた。
 鈴音の名前を呼んだその人は独特のイントネーションを崩さないまま、言葉を続ける。

「こっち、みーんな教室から出て行って誰もおらんねん。構ってや」
「京香ちゃん!」

 この2人は見覚えがある気がする。この組み合わせは、どこかで見た。つい最近――
 物忘れの激しさに危うく自己嫌悪に陥りかけた刹那、京香と呼ばれたクラスメイトは自ら正体を明かした。

「うちは市松京香、よろしく。あーっと、鈴音とは中学からの友達やんな。けどまあ、うちもみんなと仲良くしたいし、あんまり気にせんといて欲しいわ」
「ああ。そういえば、朝から一緒に登校してたね、2人共」

 合点がいったように芳埜が手を打つ。成る程、そういえばその光景を朝見た気がする。記憶が朧気ではあるが。

 それにしても、女子4人が集まれば立派な小グループが形成されたも同然だ。ここは分裂する事が無さそうだし、このままこのグループに永住しよう。そうしよう。これで学園生活3年は安泰だ。不思議とあまり人と喧嘩する事は無いし。

 そう決意した直後だった。不意に鈴音の疑問が耳に入ってくる。

「みんな、どうして学園の適正就職科を受験したの?」

 ――エグい質問来たぁぁぁぁ!! これ私、答えられないやつだ!!
 何故なら半強制的に入学したようなもので、特にこの学園に対して思う所は無いからだ。このクラスがイリニ・カンパニーへ斡旋される群れである事は理解していても、特段その会社に入りたいという気持ちも無い。
 いや、待て。みんなそんなものなのかもしれない。自分だけ志が低いと危惧しての質問の可能性もある。大丈夫、恐らく彼女より自分の方が何も考えてない。