1話 学園生活1日目

03.自席の周辺人物


 そう祈りつつ、何とはなしに教室の入り口を見やる。丁度、男子生徒2人が教室の敷居を跨ぐ瞬間だった。何だろう、同じ中学出身かな、そう当たりを付けた依織だったがその推理は一瞬にして否定される。

「おい、テメェ、俺と同じ方向に歩いてんじゃねぇよ! 足の骨両方ともへし折ってやろうか!?」
「いや仕方ないだろ。同じ方向なんだからさ。というか、君1組だったんだね」

 ――ひえっ……。
 喉の奥で引き攣った音が漏れる。片方は明らかにこの学園にそぐわない不良。きんきんに染めた金髪に、13人くらい殺してそうな鋭利な視線。目を合わせたら意味も無く喧嘩を売ってきそうなタイプだ。

 一方、もう一人の比較的大人しそうなクラスメイト。やや童顔、中肉中背で特段目立たないような生徒である。しかし、このどの角度から見ても不良らしい生徒に絡んで行くあたり、かなり負けん気が強い質なのかもしれない。

 ――この人達に絡むとパシられそう。
 そう結論づけた依織は、何も見なかったかのように顔を逸らした。いくら、テストの点数が全てで生徒に糸目を付けないからと言っても限度があるのでは。もっと平和そうな人と早々にお近づきにならなければ。

 しかし、そんな淡い期待は当然のように打ち砕かれる。
 あろうことか、大人しそうに見える方のクラスメイトが依織の席の隣に座った。更に絶望的な事実として、自分の席は一番後ろの外側だ。つまり、片側の隣は窓であり生徒は座っていない。隣には例の生徒が座ったので、残るご近所さんは前の席のみである。
 内心で悲鳴を上げていると、学生鞄を机の横に掛けたお隣さんが当然の如く話しかけてくる。

「おはよう。あ、僕は天沢悠木だよ、よろしくね」
「あ、えーっと、おはよう。如月依織です……うん、よろしく」

 隣の席に座った天沢悠木という生徒。実は良い人かもしれない。
 爽やか過ぎる笑みを見ながら不意にそう思った。良い人過ぎて、色々損をしそうな性格だが。恐らく、こちらに害のある事はしてこないような気がする。
 安心ついでに、先程の件について聞いてみることにした。

「えーっと、天沢くんはさっきの人と知り合い? ほら、一緒に教室へ入って来た」
「いいや? 靴箱で会ったんだけど……。そうだ、名前は海崎晴也くんじゃなかったかな。靴箱の名前が間違っていなければ」
「あー、そうなんだ。仲良さそうだったから、中学からの友達かと思ったよ」
「そういう人ってあまり居ないんじゃないかな。仲良しこよしで入れるような緩いクラスじゃないし」

 天沢の最後の言葉はあまり耳に入って来なかった。視線は今し方紹介された『海崎晴也』くんとやらに釘付けである。彼は恐ろしい事に登校してすぐ机に突っ伏し昼寝の姿勢を取っている。何て神経の図太い人なのだろうか。
 そんな依織の興味を知ってか知らずか、教室の入り口らへんを見ていた天沢が「あ」と声を漏らした。

「今入って来た女の子達の、左の人。たぶん如月さんの前の席だと思うよ」
「……え、良く分かるね。そんな事」
「受験の時、前の席だったんだ。名前も覚えているから、多分間違いないと思う」
「記憶力良いんだね、天沢くん」

 羨ましい限りである。基本的に記憶力をドブに捨ててきたような状態の自分としては、その記憶力を分けて欲しいくらいだ。

 ともあれ、前の席になるかもしれないという女子生徒達に視線を移す。
 2人組で入って来た彼女たちは明らかに友人関係だった。天沢&海崎の時が嘘のように、にこやかに会話をしている。最初からグループ内に居るタイプの生徒か。仲良くなれる気がしない。この席、四面楚歌過ぎるのではないだろうか。

 新しいクラスになった時、もっとも気分が萎える光景を見せつけられ、思わず溜息が出そうになる。ああいった手合いの人間との間には入れないので、席周辺の生徒ではなく、出張して友達を作る必要がありそうだ――

「おはよう! 私の席、ここだね」

 話を切り上げた女子2人の片割れが、天沢の予想通り依織の前の席に腰掛ける。
 さらりとした鳶色のセミロング、やや垂れ目の優しげな双眸。非常に温和な性格に見える。非常に女の子らしい彼女はふわりと笑うと、自席に荷物を置いた。こちらの反応を伺う事無く、更に言葉を続ける。

「私、音羽鈴音! よろしくね」
「はーい、如月依織です」
「依織ちゃんだね、よろしく」

 まるでお見合いか何かのように、互いの基本的な個人情報を交換する。その中には当然の如く天沢も含まれていた。彼等の性格がどちらも温和であるせいか、穏やかな空気が流れ始める。あれ、周囲席の人割と当たりなのでは?
 村八分の憂き目には遭わずに済んだようだし、今日のイベントは終わったも同然なので自室へ戻りたい。

 そう願うのも束の間、天沢が口を開く。

「音羽さんは、一緒に入って来た彼女と知り合いなの?」
「うん。京香ちゃんとは中学からのお友達で、宝埜にも絶対に受かろうねって、そんな感じだよ」
「へえ、そっか。良かったね。同じクラスになれて」
「みんなで勉強したから。本当に良かったよ」

 ――受験はなあ、した記憶が無いんだよなあ……。
 何となくそうとは言い出し辛く、依織はその話題を曖昧な笑みを以て受け流した。何せ、宝埜へ来たのは薄い1枚の推薦状に他ならず、受験の苦しみは味わっていないのだから仕方が無い。