3話 相談所の怪力娘

01.相談所の構成員達


 特に意識をした訳ではないのだろうが、結果として取りとなってしまった海良の言葉に2人の視線が集まる。祢仔の告白の段階で素っ頓狂な展開に慣れてしまったのだろうか、双方とも反応は薄い。何よりこれから話す海良の反応も薄かった。

「私は相談所に就職しました」

 ――久木・トラブル相談所。
 久木町でも数少ない公的組織である。が、中身は存外暴力的で武力行使を惜しまない集団だ。久木で起こるありとあらゆるトラブルを解決するが、その解決に当たった人物によって物事の終着点が違うというクレイジー仕様。
 一般人が無償で扱える組織だが、ここへの通報は本当の意味での最終手段である。何せ、人によっては依頼人を逆に怒鳴りつけたり、喧嘩両成敗精神で依頼人も敵対している人物も蹴散らしたりと予測が付かない動きをするからだ。

 諸々の常識を加味した上で、海良はやや照れ臭そうに笑った。

「私には向かない仕事だと思っていたんです。最初は」

 ***

 トラブル相談所は公的組織と公言しているだけあって、研修制度が思いの外しっかりとしていたと思う。最近では研修の一環として簡単な依頼から片付けられるようになって来たし、自分の所属部署柄だろうか。先輩までお目付役として貸してくれる親切仕様。涙が出そうだ。

 現在は3人行動が原則で、内訳はこうなっている。
 実動員である海良、総合職の先輩・夏目乙女、そしてまだ一度も会っていないナビ役の準新入り男性。今日の仕事はこの3人で回す事になっており、皆役職がバラバラ。加えて夏目は新人と準新人、実質2人分のお守りをしなければならない。

「夏目先輩、すいません。私の面倒なんて見て貰って」

 午前10時。朝回りに駆り出されていた海良はそう言って首を横に振った。
 現在は実動員新人の役目である外回りを任されている最中だ。というのも、久木は相談所の構成員にとってお庭と等しくなければならない。細い路地を抜けた先、死角にある公園の内部、不良の溜まり場――
 町とは血管である、とよく言ったもので生まれてこの方ずっと久木の地で過ごしている海良でさえ行った事の無い場所が多くある。

「良いのよ、海良ちゃん。アタシもお散歩する良い口実になるし、何より可愛い新卒ちゃんとお出かけだなんて! こんな貴重な体験、アタシみたいな年寄りにはまたとないわよ!」
「夏目さん、朝から元気ですね……」
「先輩と呼んでちょうだい!」

 それを聞き流した海良はかねてより疑問に思っていた事を口にした。外回りと言っても、この鳩バッチが着いた実動員のジャケットを羽織っているだけで遠巻きにされており、人が寄って来なくて暇だからだ。
 トラブルを取り締まる役目を持っている以上、目の前で行儀良くされていればこちらに出る幕は無い。

「私に案内役として着く方って、どのような人なのですか?」
「あら、イゴルちゃんの事かしら?」
「い、いごる……? それはカタカナ発音という事でしょうか。外国の方なんですね?」
「ええ! イゴルちゃんは良い子よ! たまに電話口の依頼人に暴言を吐くけれど」
「暴言……!?」

 ナビ役、もとい案内役がやる仕事と言うのは数の少ない実動員を効率的に動かす事だ。戦闘専門、チンピラを蹴散らすなり悪の組織を解体するなりの仕事をする実働員は慢性的に人手不足だ。最高品質の人材を集めているので、募集は広くかけているが、とにかく適合する人物が見当たらない。
 そんな貴重な実動員に依頼人から依頼を受けている暇など当然存在しない。ナビが運転する車に延々と乗り続け、現場へ急行させられ続ける事となる。そんな折、必要となってくるのが効率的に現場へと実動員を排出するナビだ。

 つまり、案内役と実動員は切っても切り離せない仲となっている。

 一方で、夏目のような総合職のやる事は多岐にわたる。今回の彼は新人の育成が仕事だし、人手が足りない時は案内人の真似事、更には実動員として駆り出される事もあるらしい。

 それを踏まえた上で、更に海良は踏み込んだ質問をした。

「あの……日本語は、通じるのですよね?」
「あらあら、面白い心配をするのね、海良ちゃん! 英語、得意じゃなかったかしら?」
「いえ、確かに多少は話せます。大学は出ている訳ですし。ただ、日常生活で英会話を強いられるのは困ります……」
「うふふ、可愛い事を気にするのね。大丈夫よ、イゴルちゃんは日本語ペラペラだから。ちゃんと意思の疎通が出来るわ」
「そ、そうですか。安心しました」

 不意に無断駐輪の自転車が目に入った。これは車の通行を妨げるかもしれない、と自転車のサドルに手を伸ばす。道路脇に退けてやろうと思ったのだ。
 が、その動作は他でもない夏目によって遮られる。自分より先に邪魔な自転車の存在に気付いていたのだろう彼は、あっさりと片手で道の端にそれを寄せた。それを見て、海良は伸ばし掛けた手を引っ込める。

 今の仕事、本来なら自分の仕事だったはずだ。
 それを無意識的にあっさりと自ら片付けてしまうあたり、大学卒業したてのか弱い新卒だと思われているのかもしれない。信用とは日々の積み重ねだが、このままではいけない。

「海良ちゃん? 難しい顔をして、どうしたの。帰って、イゴルちゃんに会いに行きましょうよ」
「……あ、はい」