2話 情報屋のネコとコレクターの変人

10.上司からのお言葉


 ***

 会話を締め括った祢仔は大急ぎで猫神拠点へと戻った。終了報告をしなければ帰宅する事が叶わないからだ。
 滅茶苦茶な早口で西条麗子に事の顛末を説明する。

「――と言うわけです。午後7時を回りましたので、帰宅します」
「気が早いな、祢仔……。君はいつも1分の残業すら許さないよね」
「時間外勤務はしない主義なので」

 苦笑した麗子は聞いた報告に関してのコメントをした。彼女は割と部下を可愛がるタイプなので、そのまま「お疲れ様」で帰してくれる事は無いだろうと思っていたが案の定というものだ。

「うん、正直、君は人を選ぶからね。解雇されるかと思っていたが、流石はボス。志摩伏見の好みを把握していらっしゃる」
「……そういえば。その志摩伏見から、猫神の専属は言葉を発さないと聞いたのですが」

 ジト目で麗子を睨み付けながらそう言う。面をしているので見えていないと高をくくっていたが、しっかりと不満の意思は伝わっていたようだ。盛大に目を逸らされる。酷く態とらしい動作だ。

「いや、私でも彼と無言の構成員では相性が悪い事は分かったからね。あえてそういう指示を出さないでおいた。結果的には上手く行ったのだからいいだろう?」
「私的には失敗なのですが」
「ああ、無理矢理嫌われるっていうあの杜撰な折衷案の事かな?」

 麗子の綺麗な顔が馬鹿にしたようにやや歪んだ。余程滑稽に写ったらしい。

「それじゃあ、これから君の業務は出来る限り志摩伏見用に割り振るから」
「あの人、相当キレてる感じの人なので出来れば関わり合いになりたくないです」
「辛辣ゥ! 君の正直な所、私は嫌いではないけれどね」

 その台詞、今日1日だけで2回目だ。そんなに問題のある性格をしているだろうか、と僅かに考えて馬鹿らしいと頭を振った。

 ***

「――と、そういう経緯よ」

 現実時間軸、レストランにて行われている新卒の会。
 話者だった祢仔はそう言って締め括り、グラスの水を煽った。それを横目で見ていた万里がやや引き攣った顔で呟く。

「いやお前、上司にもそれかよ。俺より無礼だわ」
「あなたの言葉遣いと一緒にしないでくれる? 私の方が余程マシよ」
「どっちもどっちだと思いますけど……」

 仁義なき口論が始まりそうなところで、誰よりも礼儀正しい海良がそう言ったが為に喧嘩は中止された。所詮、下々の民の言い争いと思い至ったのかもしれない。
 そんな海良は、心配そうに祢仔を見やった。

「大丈夫ですか? 話によると、随分社長さんに好かれているように感じますが」
「まさか。珍しいものが好きなだけよ。数ヶ月すれば飽きて、チェンジなんて言われるはずだわ」
「……そうなら良いですけど」
「ちょっと、海良! そういう不穏な事を言うのは止めてよ!」
「嫌な人に目を付けられましたね」
「まあ、それは否定しないけれど」

 店員を呼び、お冷やを追加注文した万里が「おい」、と会話を遮る。

「最後、お前の番だぞ。海良」

 そうですね、と海良が僅かに微笑む。そうして、先に話を終えた2人がそうしたように、前振りの爆弾発言を落とす。

「志摩伏見さんのお友達――夏目さん。あの人、私の先輩なんです」