2話 情報屋のネコとコレクターの変人

09.人の好み


「伏見さん」

 あまり横槍を入れたくなかったが、仕方なしに声を掛ける。ぴたり、と全くもって唐突に伏見が動きを止めた。ニヤニヤと笑みを浮かべた顔が、視線が、面の下にある双眸を射貫く。

「うん? どうした? ちょっと待ってな。俺はこのアホに仕置きせなあかんねん」
「それはもう良いので、私は撤退してもよろしいですか。こちらも暇ではないのですが」
「あー、そういやネコちゃん、猫神からのレンタルやったのぅ。忘れとったわ」

 興味を逸らす作戦はどうやら成功したようだ。肩で息をする山本をそのままに、伏見が足を下ろす――

 ガァンッ、という耳を劈く音が店内に反響した。
 目の前で今起きた光景に理解が追いつけず、暫し呆然とその風景を見つめる。ややあって、ようやく脳が正常な動きを取り戻した。

 この音は、そう。足を振り下ろした伏見が、代わりに近くにあった小さな椅子を山本に振り下ろした音だ。既に息も絶え絶えだった山本は今し方の衝撃で完全に意識を飛ばしている。というか、彼は生きているのだろうか。
 息をしているのか否か、腹部辺りをじっと見つめる。
 ちゃんと息をしていた。

「よくこんな雑魚で、こないな位置にある店なぞ持ったな。アホかこいつ」

 最後にそう吐き捨てた伏見は、手で「待っていろ」と合図するとズンズンと店の奥へ入って行った。数分後、その手に先程の愛染めの壺を持って戻ってくる。

「それ、持ち逃げするのですか」
「俺が金を払う、言うた時にホンモノ出しとけば金はそのまま払う予定やったけどな。まあ、これも正直者が得するゆーやつや!」

 語ってくる内容がウザ過ぎたので、聞かなかったことにした。代わりに疑問をぶつける。

「愛染めの壺がよく偽物だと分かりましたね。かなり似てますし」

 先程見た『愛染めの壺モドキ』と伏見が今持っている『愛染めの壺』。正直、骨董品になど興味は無いがどちらも同じに見える。違いがまるで分からない。そりゃあ、作った人は違うのだろうが。
 ふん、と伏見は面白く無さそうに鼻を鳴らした。

「俺もこれやったらそのまま気付かずに持って帰ってたやろな。ただ、あのアホの態度があからさま過ぎたわ。店員の演技もヘッタクソやったしのう」
「鎌掛けたんですか?」
「せやな。まあ、ホンモノ持ってくる可能性がワンチャンくらいはあったし」

 それにしても、と眉根を寄せた彼は心底不機嫌そうだ。彼の機嫌に巻き込まれない内に撤退したい所存だが、聞きもしないのに伏見は喋り続ける。

「猫神の構成員連れとるのは見て分かるやろ。もっと誠意を持ってお客様に相対しろや。しかも、コレクト社長の顔覚えとらんとか……。のぼせ上がっとるわ、こいつ!」
「文句の付け所がおかしいのでは?」

 騙されかけた事はどうでもいいらしい。やはりよく分からない人物である。

 ***

 その後、今度こそタクシーでジュエリーショップ・ローテルに帰還。玄関口で別れようとした思惑も虚しく、結局は21階まで連行されてしまった。いい加減帰らせてくれ。

 最初のソファにどかっと座った伏見は対面のソファを指さした。

「おう。そこ座ってええで。何か飲むか?」
「そろそろおいとましますので。結構です」
「そうかい。なら俺もええわ。どうせネコちゃん帰った後は仕事がぎょうさんあるしな」

 ――何を言われるのだろうか。
 自然と警戒によって眉間に皺が寄る。当然、面を着けているので伏見には見えていないだろうが。

「専属の件やけども」
「ああ、解雇ですか?」
「そんなに俺の専属嫌なんかい! けどざーんねんでしたー!! ネコちゃんは今日から俺の担当やからな。こんな面白い子、他に渡すには勿体ないやろ」
「そうですか」
「反応うすっ! 心なしか嫌そうに見えるし……。まあ、なんと言おうと俺の決定は変わらんけどな」

 解雇、もといチェンジされる予定だったが上手くいかないものだ。しかも、やや懐かれているというか、気に入られている気もする。言う事を聞かないじゃじゃ馬が好きなのか。
 あまりの出来事に下唇を噛んで伏見を睨み付ける。面を着けていると言うのに、何故か目が合ったような気がした。

「そんじゃま、よろしくな。ネコちゃん」
「……はい。今後とも、猫神をご贔屓に」