2話 情報屋のネコとコレクターの変人

08.危険人物


 無駄話に花を咲かせていると、店主が戻って来た。慌てて口を噤む。
 人の良さそうな――整い過ぎて逆に不気味な営業スマイル。笑みという能面を貼り付けたかのような表情で、店主が綺麗に包装されたそれを伏見へと手渡した。
 あっさりとそれを受け取った彼は、代わりにとトランクを渡す。明らかにヤバい人達の密会だと思ったが、流石に言葉にはしなかった。

 まじまじと包みを見る。帰ってから開けろよと言わんばかりの十全な包装。恐らく開けるのにそれなりの時間を有すだろう。
 にも関わらず、伏見は当初の予定通り事を進めた。にんまりと愉快そうな笑みを浮かべて。

「ほぉ、随分とまあ丁寧にラッピングしてあるやんけ」
「お買い上げされた商品に万が一の事があってはいけませんので……。わたくし共としても、お客様と無用なトラブルは避けたいと考えておりますし」
「そうかい。でもまあ、商業柄、用心深いんや。中は改めさせて貰うで」
「えっ」
「何や、文句あるんかいな」
「い、いえ、滅相もございません。どうぞ、改めください」

 ――怪しさ満点だけど、良いのかしら。
 この挙動では中身が偽物である事を自白しているようなものだ。案の定、伏見は獲物を見つけた肉食獣のように舌舐めずりでもしかねない調子で、包装に手を掛ける。

「……!?」

 思わず悲鳴を上げそうになった。
 あろうことか、伏見が包装に触れた途端、それがどろりと液状になって溶け出して行く。間違いなく異能だが、彼の能力はこんなものだっただろうか。聞いていた情報がそもそも間違っているのか、或いは応用に長けた異能なのか。
 それを見ていた祢仔もまた、異能を発動させた。
 『透過』――自身も相手に危害を加えられなくなるが、何に関しても透り抜ける事が出来る異能だ。諜報向きであると、自分でもそう思う。

 程なくして外装を溶かし崩した伏見は目を細めながら、それを取り出す。更に厳重に発泡スチロールに包まれていた『愛染めの壺』がその姿を現した。

「へぇ、成る程ナァ。これ、飾ってあった壺とちゃうやんけ」
「いっ、いえ、そのような事は……!!」
「もっと動揺を隠せるようになってから出直して来た方がええんとちゃう?」

 片手で壺の縁を掴み、引きずり出した伏見が何の躊躇いも無く、その手を放す。重力に従って真っ直ぐに床へと落ちていったそれは、破壊的な音を立てて粉々になった。当然である。
 それを見て、山本もまた伏見が最初からその気であった事に気付いたらしい。先程まで浮かべていた笑みが嘘だったかのように凶悪な顔を覗かせる。

「ちっ、冷やかしかよ。面倒臭い奴だな」
「お前程じゃないわ。どこでこんなそっくりな壺手に入れて来たんや」

 伏見の軽口には答えず、ポケットに手を突っ込んだ山本が何かを取り出す。言うまでも無くナイフだった。人を傷つける為の、凶悪な折りたたみ式ブレード。裏側の人間が好んで常備する傾向にある。

「うわ。巻き込まれたくないので退避します」
「は? いやちょ、まっ……! 危ないから、あまりそこから動かんといて欲しいんやが」

 既に異能を発動しているのでここに居ろと言うのならば居ても構わない。ただし、手伝う気は一切無いが。こんな任務外任務で怪我をするなど冗談では無い。それに、こちとらこの身体が資本。怪我をして仕事に出られないと餓死する。
 その他諸々、あらゆる事を加味した上で祢仔は囁くように言い募った。

「私はここに居ますが、手伝う事は一切ありません。ご自分で解決なさってください」
「おう! 任せとき!」

 潔くそう言った伏見は、警戒して距離を取っていた山本に向き直る。山本の方は肩肘を張り、緊張した面持ちだが伏見の方は力の抜けきったまさに自然体だ。多分、彼は彼で相当の手練れと見た。
 ぱっと素早く山本が動く。直線上に、特に格闘技などを囓っている訳では無さそうな素人じみた動き。ただし、その行動に躊躇が無い事からして、やはり裏社会の人間なのだろう。

 直線的に出て来た山本のナイフを余裕たっぷりに回避した伏見が、通り過ぎ様に山本のナイフを持った方の手に手刀を下ろす。
 くぐもった悲鳴。それと同時に山本が持っていたナイフがその手から離れ、店の床を滑って止まる。現状を鑑み、恐らく彼が再びナイフを拾うのは不可能だろう。そう思った祢仔は、別段そのナイフをどうこうしようとはしなかった。

 思いの外あっさりと決着したので撤退するべく伏見に相談しようとした祢仔の口は寸での所で固く閉ざされた。

「お前、本当に空気の読めんやつやなあ!」

 狂気じみた嗤い声を上げながら、伏見は床に転がした山本を踏みつける、踏みつける、踏みつける――
 酷く暴力的な光景に、流石の祢仔も足を止めた。仲間内に喧嘩師はいたが、人をいたぶるのが好きな者はいなかった。どうやって止めに入れば良いのか、或いは興味を逸らす事が出来るのか見当も付かない。

 伏見が足を振り下ろす度に、山本は引き攣った悲鳴を上げている。このまま続けさせれば死人が出てしまうかもしれない。何より、こんなバイオレンスな光景は心に毒だ。