2話 情報屋のネコとコレクターの変人

06.伏見のプラン


 そして、先程まで友人と親しげに会話をしていた志摩伏見もまた、すっと平常時の声のトーンに戻った。井戸端会議から解散したおばさま達のようだ。

「んで、えーっと? ムササビの場所まで分かったんやったか?」
「そうですけど。本当に行くんですか? 裏路地って治安悪いんですよ」
「おん。まあ見た感じ、ネコちゃんは戦闘向きの異能を持ってる訳やないのは分かる。俺が護ったるから安心しとき」
「貴方が一番心配なのですが。とにかく、私はムササビ着き次第離脱しますから」

 ええー、と何故か伏見は不満げな声を上げた。いや、何故こいつの為に危険な店内に足を踏み入れなければならないのか。甚だ疑問である。
 面の下のジト目が伝わったのだろうか。態とらしく咳払いした彼は聞いてもいないのに頭の中に描いたプランを話始めた。

「俺な、最初はちゃんと金払って、一般人がするように骨董品を買うつもりなんやで?」
「はあ。そうですか」
「それでな。もし店主に人を見る目が無くて、まさか無いとは思うけど俺に偽物なんぞ渡してきよったら、暴れて潰してやろうと思うんやが」

 だから金の入ったトランクを持参しているのか。かなりの札束を用意しているらしく。ずっしりと重かったのを覚えている。重いと言ったら伏見が自らトランクを持ったが。
 しかし、意外にも一般人の理に則って事を進めようとしている姿は端的に言って不自然だった。もっとこう、骨董屋へカチコミにでも行くのだと勝手にイメージしていたがどうも勝手が違うらしい。

「……というか、別に店に入った瞬間、店主に襲い掛かって良いんじゃないですか。伏見さんは、まさか骨董屋の店主に腕っ節で負けたりはしないと思いますけど」
「こっわ! ネコちゃんよぉ、そりゃ犯罪、っちゅーもんやで。相談所に即刻お縄やお縄!」
「正論なのですが、何故でしょうか。貴方に言われるとただただ腹が立ちます」
「ええ……? ネコちゃん、俺の事嫌いなん?」
「ええ。どちらかと言えば」

 白々しく落ち込んだ演技をする伏見を無視。再びスマホに視線を落としてマップの通りに道を進む。

 ***

 結果的に言えば、ムササビへ着いたのは30分後だった。思いの外遠かったのである。やっと見えた古めかしい看板を前に、伏見が生温い笑みを浮かべた。

「なあ、ネコちゃん。俺な、自分で言うのもなんやけど、金持っとるタイプの人間なんやで? タクシーで行こか。今度から」
「煩いな」
「煩い!? 恐れを知らなさすぎるわあ、この子……」

 一度手を叩いた伏見が切り替えるように、僅かに声を潜める。内緒話をするかのようなノリに、正直引いた。そしてそれを、本人に見咎められた。

「な、何やねんその顔……! ハッ、反抗期!?」
「純粋な嫌悪感です。良いから早く、言いたい事があるのなら仰っていただいて良いですか? 私も暇じゃないんで」
「いや別に、今からの事を話すだけやけども。ええか、ネコちゃんは俺の後ろにピッタリ着いて来るんやで? あんまり離れとったら危ないし」
「貴方の傍が一番危ないのでは?」
「名推理やけども、異能に巻き込みたくは無いから守って貰うからな」

 ――前任はその異能に巻き込まれて死亡しているが、今回はそれを回避させるつもりはあるようだ。
 眼を細めていると、無言を「理解出来なかった」と捉えたのか、更に伏見は言葉を紡ぐ。

「ともかく、ネコちゃんは俺の後ろに控えてればええから」
「何故、私を連れて行こうとするのでしょうか。言っておきますが、壺が本物か否かの判定は私には出来ませんよ」
「いや、情報屋連れとったらブルジョワ感出るやろ?」

 帰って良いだろうか。喉元まで出て来た言葉を、渋々飲み下す。落ち着け自分。ここで苛立っては志摩伏見の思う壺。務めて冷静に。こういった手合いは面白がらせてはいけない。

「ほな、行こか!」
「はあ……」

 歩き出した伏見の背を大人しく追う。彼は真っ直ぐムササビという看板の下を潜り、相手のテリトリーへと入って行った。その足取りに警戒は無く、非常に軽やかで自然的だ。
 嘆息した祢仔もまた、続けて中へ入る。古い骨董品の匂いが鼻に付いた。何と言うか、独特な――そう、経った年月の匂い。

 ぐるりと店内を見回したが、人の姿が無い。店長が出払っているとは考え辛いので、単純に客が来た事に気付いていないのだろう。そりゃそうだ。骨董屋が人で溢れ返っている、などという話は今まで聞いた事が無い。

 どうしたものか、と伏見の様子を観察していると、不意に彼は声を張り上げた。

「おーい、誰もおらんのかい? ったく、どんな店やねんマジで。お客様が来たでー! はよ顔出さんかい!」
「伏見さんは……嫌な客感が極まっていますね」
「せやろ? 演技には自信あるからの」

 ――演技っていうか、素なのでは?
 そう思ったが店の奥から慌てたような足音がしたので、口を噤んだ。さて、骨董品詐欺の店主、どんな人物なのか。それはそれで楽しみかもしれない。