2話 情報屋のネコとコレクターの変人

05.伏見さんのお友達


 ***

 ジュエリーショップ・ローテルから出た祢仔と伏見の二人はとにかく目立った。
 そもそも自分は猫の面を着けているし、伏見は何故か派手な柄をした着物の羽織を着用している。人目を惹かないはずがなかった。

 既にかなりうんざりした気持ちの祢仔だったが、容赦なく客が苛立ちに拍車を掛けてくる。彼とは性格が合わないのかもしれない。

「うし、そんじゃネコちゃん。そのムササビ言うんはどっちや」
「先程地図を送ったと思うのですが。それを頼りに進んでください」
「何で俺が地図見らなあかんねん! つか、何やっけな。このマップ? とか言うの、開き方が分からんわ」
「随分と原始的な時代を生きておられるようですね」
「おう、言うやないかい。せやから、ネコちゃん頼むわ」

 頼むもクソもない。そもそも、彼への同行が業務外だ。これ以上のサービスを望むのであれば、部下を誘うなりなんなりすれば良かったのに。
 心中で文句を吐き捨てながらも、祢仔は表面上は淡々と自らのスマートフォンを取り出した。当然、私物では無く業務用だ。それに、麗子から預かっていたマップを打ち込む。

 と、初めてまじまじと骨董屋・『ムササビ』の場所を視界に入れた祢仔はあからさまに舌打ちを漏らした。かなり入り組んだ所にある。

「ネコちゃん」
「はい」
「お前、割と生きにくそうな性格しとるのぅ……」
「ええ。よく言われます」

 ――お前は正直すぎる。
 それは誰の言葉だったか。今の仲間ではない、かつての友人達だったかもしれないし、もっと別の誰かだったかもしれない。

 そんな祢仔を見て、肩を竦めた伏見はそれ以上の詮索をしなかった。

「まあ、俺はええと思うけどな」
「口ではなく足を動かしてもらえますか」
「今結構、良い事言ってたで。俺」

 きっぱりとその言葉を無視した祢仔は、伏見がついて来ているのを確認せず歩き出した。このまま居なくなっているようだったら、そのまま職場に戻ろうという魂胆だ。当然、思うようにはいかないのが世の常なのだが。

 しかし、正直なところ、あまり久木町の入り組んだ場所という区画には足を運びたくないのが現実だ。何せ、人の死体が当然のように転がっていたりする町だ。
 裏路地だなんて物騒な場所、何も無いはずがない。そもそも、その危険な場所に個人経営で店を構えている人間は大抵の場合、腕っぷしが強いものだ。自分のように戦闘に向かない異能の人間が近寄る場所では無い。

 どうにか考えを改めてはくれないだろうか。
 面倒臭さをひしひしと感じながら、最後、もう一度だけ一緒に行かなきゃいけないのかを聞こうとした。その瞬間だった。

「夏目ちゃーん!」

 振り返ったら伏見その人は祢仔を飛び越え、その後ろを見て片手を挙げた。旧知の友とでも出会ったかのような反応だ。人間心理、つられて祢仔もまたそちらを見やった。

「……!?」

 夏目ちゃん、などと呼ぶから女だと勝手に思っていたがその宛ては大いに外れた。
 見た目は完全に女性。しかし、その体格からして彼或いは彼女は男性だ。激しく主張する筋肉が物語っているに、体格に恵まれているのだろう。

 流石に反応に困った祢仔ははたと動きを止めた。ここで正直且つざっくりとした感想を述べる程、デリケートを欠いてはいない。
 困惑する祢仔を余所に、2人は手を振り再会を一瞬だけ喜ぶと立ち話を始めてしまった。どうするんだこれは、長くなるようなら勝手に帰っていいのだろうか。

「あらあら、伏見ちゃんったら久しぶりねえ〜! 随分とやんちゃしてるらしいじゃないの」
「おん、ヤンチャしてナンボやろこんな町。というか、そっちは今何やってるん?」
「あたしはねぇ〜、ヒ・ミ・ツよ!」
「ほーかい。まあ、夏目ちゃんの事やから好き勝手やっとるんやろな。俺が気にする事じゃないわ」
「そっちの子は? 新しい部下ちゃんかしら!」
「まさか。新卒なんざ、去年でもう腹一杯や。ネコちゃんは情報屋からのレンタル」
「専属って事ね。も〜、伏見ちゃんってばどこから資金調達してるのかしら!」
「企業秘密やで。すまんの」
「あたしも〜、最近カワイイ後輩が入っちゃって! 若い子ってほーんとにカワイイわよねぇ!」

 ――これは……どういう繋がりなんだ……?
 イマイチこの2人に友情のような繋がりがあると信じられない。会話内容からして、普通に友人なのだろうがイメージが掛け離れ過ぎている。水と油のように、とにかく相性が良くない組み合わせに見えてしまうのだ。

 しかし、悩む時間はそう長くは続かなかった。不意に会話が途切れる。

「あら。それじゃ、そろそろあたしは仕事に戻るわ。そっちのネコちゃんも、ごめんなさいね。引き止めちゃって」
「……いえ」
「ウフフ、無口で可愛いのねぇ……。それじゃあ、伏見ちゃん。あまり若い子を困らせちゃ駄目よ!」
「おう、ほんじゃな」

 出会った時の感動の再会が嘘だったかのように、別れは随分とあっさりだった。声を掛ける暇も無く、夏目と呼ばれたその人は街角を曲がって消えて行く。ハリケーンのような人だったな、と祢仔は首を横に振った。