2話 情報屋のネコとコレクターの変人

04.業務外の活動


 ――落ち着け私。
 とんでもない個人情報漏洩だが、一つ一つ解きほぐしていこう。
 まず、「新卒なんやな?」は恐らく手元の資料を見て言った。つまり、麗子が構成員の情報を常識の範囲内で開示したという事だろう。
 その前に「ネコちゃん」、とそう呼ばれたがこれは『御神楽祢仔』という意ではない。猫の面を見て安易にネコちゃんと呼んでいるに違い無いはずだ。

 余計な反応をする前に心を落ち着けた祢仔はたっぷりの間を取ったあと、事も無げに告げた。

「麗子さんからの情報開示ですか。確かに私は新卒ですが、何か問題でも?」
「いやうん、君さっきからあんまりにも態度が尊大すぎるから。3年くらい猫神に勤めてるベテランかと。まだ入社して2ヶ月目かい! 肝据わっとるな……!」

 面倒臭くなってきた。何故彼に個人情報を逐一教えてしまったのか。本格的に鬱陶しくなってきたので、祢仔は強引に話を進める事にした。このままでは日が暮れてしまう。それに、彼に気に入られるつもりは毛頭無いのであわよくばこのままチェンジして欲しい。

「それでは、仕事の話に移らせて貰っても?」
「おお! ええでええで、新卒めっさカワイイもんなあ。西條麗子、あいつも人の心とかアレは失っとらん訳か!! 猫神の寄越して来る構成員はみーんな無言、無言無言! ホントつまらんかったけど、ええやん、君」
「……はい? 無言……?」
「そうそう! 機械かと思って、前うっかり戦闘に巻き込んでしまったんやけど、しゃあないな! 物も言わんポンコツなんぞ、巻き込んでも気付かんわ」

 恐ろしい自白と共に、仕事をミスっているという事実に気付いてしまった。そうか。事務処理だから、無駄話をしちゃいけなかったのか。
 ちなみに記憶が正しければ、麗子は一言だってそんな事を言っていない。

「えぇっと、喋らない?」
「おう、喋らんな」
「……いやそちらが延々とベラベラくっちゃべってるのが悪いと思いますけど。はい、それじゃあ仕事の話をします」
「うん、もう一度だけ確認しとくけど君、新卒なんやな?」
「そう言っているでしょう。私の話はどうだって良いんです」

 とにかく無理矢理、話題の軌道修正をする。早く土産を渡して撤退したい次第だと言うのに、こいつの世間話にかまけていては話がまるで進まない。
 しかし、祢仔の思惑とは裏腹に伏見は満足げだ。

「なかなか俺のツボを押さえとる人選やんけ。ネコちゃんみたいな恐い物知らず、嫌いやないで」
「これもボスの思し召しです」
「おう、初めてボス猫に感謝したわ。で? 何や仕事の話があるんやろ。俺には心当たり無いけどな」

 心当たりが無い、とは言うがこれは確かに彼が探していた情報の一端だ。どうせ依頼していたのを忘れているのだろう。
 勝手にそう結論付けつつ、淡々と耳で聞いた情報をそのまま伏見へ横流しする。

「志摩様が――」
「ああもう、そういうとこやで! 伏見さん、で行こうや!」
「うざ……。では、伏見さんがお探しだった『愛染めの壺』についての情報が入手出来ました」
「おおっ! 気ィ利くやんけ。というか、今ウザいって言わんかった?」
「言ってません。愛染めの壺ですが、骨董屋・ムササビが所持しているようです」
「ほーん。ムササビねぇ……。ローテルの並びには無いな。挨拶されてないし」
「悪い噂が絶えない骨董屋で、我々の情報によると大枚叩いて愛染めの壺を買った客に、包装すると言って偽物を渡しているとか」

 はっ、と伏見がそれを鼻で嗤った。

「流石に間抜けが過ぎるわ。まあでも、場所が大きく移動しとらんかったのは僥倖か。よーし、ならいこか。回収しに」
「そうですか。では、私はこれで。こちら、ムササビまでの地図になりますので伏見さんのスマホに送りますね」
「はぁん? 何を言うとんねん。お前も行くんやぞ」
「はあ? 仰っている意味が分かりません。私の仕事は情報の伝達ですので」

 間髪を入れず断ってしまったが、こういう場合はどうするべきなのか。麗子に指示を仰ごうとしたスマホは、目にも留まらぬ速さで取り上げられた。祢仔のスマホを摘み上げた伏見はニヤニヤと嗤っている。

「行くぞ」
「……はい」

 それは脅迫めいた低い声であった為、肩を竦めた祢仔は否応無しに承諾の意を示した。こんなアホらしい口論で怪我をするなど馬鹿らしい。