2話 情報屋のネコとコレクターの変人

03.変人コレクターとの邂逅


 ***

 ジュエリーショップ・ローテル。
 それはどこにでもある高層ビルの一つで、見た目だけなら本当にただの宝石屋だ。それも、金を持っていない人間は完全にお断り、と言った体のだ。

 中へ入る足を一瞬だけ止めた祢仔は心中で溜息を吐いた。そして、自身の格好を見下ろす。常連客に会うという事でスーツを着てはいるが、就活の時に使ったスーツのままで新調していない。
 しかも、自分は猫神《シスターズ》の一員だ。即ち、顔を覆い隠す巫山戯た猫の面を着けている。とてもではないが、お高そうな宝石屋に足を踏み入れる格好ではなかった。

 既にウンザリした気持ちになりながらも、店へ足を踏み入れる。「いらっしゃ……」、と不自然な所で丁寧な口上を止めてしまった店員は少し慌てたように視線を泳がせた。当然である。
 しかし、ここは案外神経の図太い祢仔で、気を取り直すかのようにまんじりと店内を眺める。高級そうな絨毯にシャンデリア、内部構造を考えたアホを呼び出して何故こんな派手な内装にしたのかを小一時間問い詰めたいレベルだ。

 半ば現実逃避のように思考を巡らせていると、厳つい格好の男が奥から出て来た。まさかとは思うが、あまりの怪しさに堅気の方では無い警備員を呼ばれたのか。身構えるも、現れたスキンヘッド恵まれた体格のスーツ男は深々と頭を下げた。

「お待ちしておりました。西條麗子さんの部下でございますね?」
「……ええ」

 間違いでは無いので返事をする。はたと動きを止めたその男はしかし、何事も無かったかのように「こちらです」と歩き始めた。
 店の入り口からは見えない、巧妙に隠された位置にあるエレベーター。『上』ボタンを押して暫し待つと、チン、と軽い音を立てて上下移動する鉄の箱が口を開けた。

 促されるままエレベーターに乗った祢仔は、迷わず21階のボタンを押す。男は満足し、そして安堵したように再び恭しいお辞儀をした。どうやら、本当に猫神の構成員か否かを疑われていたようだ。
 エレベーターに揺られること数十秒。21階に辿り付いたエレベーターは間抜けな音を立てて、再び口を開いた。
 目の前に受付嬢のような制服を着た女性が立っている。

「お待ちしておりました。社長でしたらこの先にいらっしゃいます。貴方様がいらっしゃった事は存じておりますので、そのまま部屋へお入り下さい」

 彼女は着いて来てはくれないらしい。頷いた祢仔は、そのまま一人で短い廊下を進み、ドアを礼儀の一環としてノックする。
 ――返事が無い。

「……いいや、開けてしまえ」

 来る事を知っているらしいし、返事しないのが悪い。寝ているのなら、それとなく起こしてやろう。

 そんな事を考えながらドアを開けて、そして絶句した。
 それは完全に個人の部屋。個室。高級そうなソファに映画のスクリーンかと突っ込みを入れたくなる大きな画面のテレビ。完全薄型だ。
 並ぶ本棚の中には見覚えのある漫画本が所狭しと並べられている。

 何よりも祢仔がうんざりしたのは、ソファにだらりと座る男性の姿だった。この尊大さからして、間違い無く部屋の主――志摩伏見だろう。麗子に見せて貰った写真の後ろ姿とも一致する。
 第一声をどうすべきか迷っていると、志摩伏見がくるりと振り返った。

 静かでありながら、獣のようにギラギラした双眸。黒い短髪、中年の男性だ。人を小馬鹿にしたようなにやけ顔が、何故だか非常に恐ろしいものに見える。ラフな格好をした彼はにやけながらもまんじりとこちらを見つめていた。
 何も言って来ないので、仕方なしに一瞬だけ待った祢仔は口を開く。着きっきりで研修をしてくれた麗子の言葉を思い返しながら。

「こんにちは。専属を任されて来ました」

 名前は名乗れない。更に面を外すのもNG。他の上司は知らないが、西條麗子の部下は皆そうだ。
 数瞬だけ黙った伏見はしかし、次の瞬間には興味津々と言った体で矢継ぎ早に言葉を繰り出す。それはまるで、邪気を持った子供の様相だ。

「ほーん、何や随分と毛色の違うモン寄越したなぁ。というか、その面……お嬢ちゃんは《シスターズ》やねんな。俺には一度も貸し出した事無い癖にどんな風の吹き回しか。面白くなってきたやんけ」
「そうなんですか」
「何やうっすい反応やのぅ。何で《シスターズ》なんぞ入ったんや」
「さあ。麗子さんの趣味ではないですか」
「ふぅん……!」

 興味を持っている、それを全身で現す伏見に恐れにも似た感情が湧き上がる。何故彼は一介の小娘に絡んで来るのか。もっと事務的に事が進むものと思っていただけに、ウンザリとした気持ちが拭えない。
 一向に仕事の話に入らないなと考えていると、更に伏見は言葉を続ける。特に重要そうではない、不必要な世間話をだ。

「お嬢ちゃん、名前は?」
「申し訳ございませんが、名は名乗らない決まりとなっています」
「何や、せやったら俺が勝手に呼ぶけど? ええんやな」
「セクハラで訴えられない範囲内でしたら。お好きにどうぞ」

 ここでやや伏見は眉根を寄せた。何か気に食わない事があった、と言うよりは予想外な事が起こったような表情だ。
 今気付いたが、彼はその手に資料のようなものを持っている。それに視線を落とし、もう一度首を傾げてから爆弾発言をぽんと放った。

「……ネコちゃん、一応確認しとくけどな、君、新卒なんやな?」