2話 情報屋のネコとコレクターの変人

02.ブラックリスト入り大手常連客


「それで、私の専属というのはどちら様ですか」
「ああうん、志摩伏見様さ」
「はあ?」

 志摩伏見。
 流石に情報屋に務めておいて、この男の名前を知らないのはあり得ない。ヴィラ・コレクト社長にして生粋の変人。残虐極まりなく、この久木という町を誰よりも謳歌している狂人だ。
 それと同時に、裏社会で生き抜く術に長けた人物でもある。ふざけている割にはよく情報屋を利用し、必要な情報を必要なだけ得ている記録もあるくらいだ。どこから資金を調達しているのかは知らないが、週1ペースで利用しているらしい。
 ただ、不穏な噂が一つ。
 ――以前、志摩伏見の専属だった構成員の一人が奴に連れ回された挙句、死亡している。

 諸々の事前情報を加味した上で、祢仔は非常に苦々しい顔をした。そうして、麗子が予想しているであろう疑問をわざわざ言の葉にして問いかける。

「それって、私が担当したら死体が1つ増える事になりませんか?」
「それは君次第だけれど、これから死地へ赴く君に新しい情報を授けよう」
「そんなの良いんで、仕事から降ろして頂けませんかね」

 尤もな祢仔の呟きを無視し、麗子は書類を取り出した。それに目を落としながら、滔々と『志摩伏見』についての追加情報を吐き出す。

「優秀な君が調べて来た、構成員死亡の噂。あれは本当にあった出来事だよ。志摩伏見の異能に巻き込まれてしまってね。そのままポックリさ。ただ、彼はあまり伏見に好かれてはいなかったようだから、意図的に巻き込んだ可能性は否めないね」
「その情報で、私が希望を抱けるとでも思っているのですか」
「死人を出してしまったが、ボスの一存で取引は続行。次にお鉢が回って来たのが、君だよ。ただ、希望の話もしなければいけないね」
「ここまでの話で絶望しかありませんが」

 無理するな、遠回しにそう言ったつもりだったが何故か麗子は自信満々に笑みを浮かべている。本当に希望となりえる情報を有しているのだろうか。仄かな期待が芽生えるのを感じる。

「君はきっと大丈夫さ、問題無く進む。何故なら――今回初めてボスが志摩伏見の専属を自らお決めになったのだからね」
「すいません。退職していいですか」
「駄目だよ。とにかく、最初から怯えているとどうも彼には嫌われてしまうようだ。怯えるなんて殊勝な心掛けは無さそうな君なら、彼と上手くやっていけるのではないかな」
「死ぬ程危険な仕事を割り振られているにも関わらず、喧嘩を売られるとは思いませんでした。パワハラで訴えていいですか」
「それだけ強靭なメンタルがあれば大丈夫だろうさ。私と相対する時のように振る舞うと良い。相手方が腹立って嫌だと言えば、専属も交代させられるはずさ」

 それは麗子なりの「失敗しても良いからやってみろ」、という部下を育てる上司のような意味合いでの言葉だったのだろう。
 しかし、その言葉にこそ祢仔は希望を見出した。
 何故なら、「失敗すれば」早々に専属を変えてもらえると言われたようなものだからだ。こうなったら意地でも嫌われてチェンジと言われるのが一番である。

「そうですか……。何だかちょっとやる気が出てきました」
「君のやる気が出た、という発言こそ上司の身の上としては恐ろしいものはないのだけれどね。まあいい。ところで、仕事の話をしたが個人的な話をしようかな」
「ええ」
「まず、志摩伏見は我々にとって大手常連客であると同時にブラックリストにも入っている。私達は治外法権、裏社会を歩む者である以上、死亡した時は自己責任である事を忘れないで欲しい」
「……入社した時にも言いましたね。それ」
「そうさ、大事な事だからね。君が万が一の場合、骨くらいは拾うけれどそれ以上は期待しない方が良い」
「つまり?」
「嫌われる努力も良いが、死なない程度にね」

 ――どうやら見透かされていたらしい。バレバレな作戦を立ててしまった事を恥つつ、肩を竦める。我ながら非常にわざとらしい振る舞いだな、とは思った。

 更に麗子がスマホを取り出して、何かを入力する。手慣れた手つきだ。

「場所が意外にも分かり易い場所にある。何というか、うん。金持ちなのだろうね、彼は。彼自身の金なのか、それとも血生臭い金なのかは不明だけれど」
「不明? 《猫神》でも調べは付いていないのですか?」
「ああ。実はね。その辺も、分かったら報告をよろしく。さて、位置情報を君のスマホに送ったから、それを見ながら行ってくれ」
「それは今からですか?」
「そうだよ」

 先輩に呼ばれているのだが、そこはもう話が通っているのだろう。送られてきたマップに目を落とす。そして、顔をしかめた。

「ジュエリーショップ・ローテル……。21階? 宝石屋も兼業しているんですか」
「そのようだね。どういう関係性があるのかは不明瞭だけれど。その辺も要検証さ。あと、君に伏見への土産の情報を持たせるよ」

 そう言って、麗子は情報を伝言する。メモなどの手元に残る物は情報漏洩になってしまうので取らない。耳で聞いて、覚えるのみだ。
 どことなく聞き覚えというか、最近調べた情報を耳にした祢仔は忘れないように今し方聞いた情報を脳内にインプットした。