2話 情報屋のネコとコレクターの変人

01.全てはボスの言う通り


 御神楽祢仔の爆弾発言により、再びレストランの一室には妙な沈黙が満ちていた。その静寂を破ったのは先程話をした万里である。

「いやいやいや。お前の就職先、《猫神》だったろ。何でコレクトの社長が絡むんだよ」
「私の職場は情報屋よ。久木を裏から牛耳ってるヴィラ・コレクトと繋がりが無いはずがないじゃない」

 情報屋・猫神。
 久木町に数ある情報屋の中で最も大規模な情報屋である。彼等彼女等に集められない情報は無いとも言われており、大枚はたいて《猫神》から情報を買う者は多い。
 言うまでも無く、情報を売る・集めるのが主な仕事内容となっている。

 それらの基本情報を踏まえた上で、祢仔は自身の職場について小声で語り始めた。情報屋の構成員が情報漏洩など、懲戒免職では済まないと考えたらしい。

「《猫神》は確かに大きな情報屋だけれど、そうであるが故に客を選ぶわ」
「そうでしたね。大手としか、ディープな取引はしないとか。全ての情報関連事業は、《猫神》に流れているので当然と言えば当然かもしれません」

 海良が淡々と述べ、自嘲めいた笑みを浮かべた。その真意は誰にも測れなかったが、割といつもの事なので止まる事無く話題は流れ続ける。

「それで、大手且つ常連客のコレクト社長・志摩伏見には私っていう専属の構成員が付きっ切りで情報関連のお世話をしている、という訳よ」
「ほーん。で、お前の持ってるそのお面は何だよ。ファンシーだな」

 全く今までの話題を無視してそう言った万里は、祢仔のテーブルに置かれている黒猫の面を指していた。話の腰を折られたからか、やや顔をしかめた彼女はしかし、意外にも律儀に問いへの答えを口にする。

「他は分からないけど、私の上司は顔を隠す面とかを着けさせる趣味みたいね。まあ、顔なんて客に覚えられて、プライベートでまで声を掛けられても鬱陶しいわ。不満は無いわね」
「おおう……。キツイOLの愚痴みたいな答えをありがとさん」

 聞きたいのですが、と先程からやや考え事をしていた海良が小さく手を上げる。誰に当てられたわけでもないが、場が静まったのを確認した彼女は首を傾げながら訊ねた。

「以前、相談所に来た女性は顔を隠していませんでしたが……。祢仔ちゃんも、いつかは素顔で仕事をする事に?」
「さあ、何とも言えないわね。その人、綺麗な女の人だった?」
「遠巻きにしか見ていませんが、そうですね。美人だったと聞いていますよ」
「じゃあ、多分、麗子さんだと思う。その人が私の上司なの。別に不満とかは無いけれど、変わった人ではあるわね」

 得心したように海良が頷く。それを聞いて、何がしたかったのかは当然誰にも分からない。しかし、万里が痺れを切らしたように気だるげな声を上げる。

「いいから、そろそろ報告始めようぜ。当然、コレクト社長さんの話なんだろ。祢仔」
「そうね」

 そう言って、祢仔は美しい顔を僅かに笑みの形に歪めた。彼女の笑みには迫力があるのだが、慣れている他2人は特別な反応は見せない。

「最初、この仕事は適当に押し付けられたものだと思っていたわ。けれど今は、多少なりとも考えがあったのだと思う。流石は我等のボス、ってところかしら」

 ***

 研修が終わって数日。
 上司、西條麗子の命令により仕事中は配られた面を着用している祢仔は拠点の廊下を一人で歩いていた。

 思えば、ここ2カ月でありとあらゆる事を叩き込まれてきたと思う。最速で詰め込まれた知識は飽和状態。毎日やる事が多すぎて目が回りそうだ。しかし、既に自身の職務については大抵の事が分かるという急速な成長を遂げた事だけは否定できない。
 現在は麗子の部下《シスターズ》の一員として仕事をしており、今も先輩の元へ向かっている途中だ。
 ――途中、だった。

「やあ、祢仔。ちょっといいかな」
「おはようございます、麗子さん」
「ああ、挨拶がまだだったかな。おはよう」

 件の上司、麗子に呼び止められた。
 頭の上には猫の形をしたサングラス。恐ろしく真っ直ぐストレートな金髪。スレンダーで整った四肢、モデルじみた身体つきの女性。ぞっとする程に整った顔立ちにはニヒルな笑みを浮かべている。
 《猫神》の看板にして幹部の一人であり、そして直属の上司である彼女は今日も今日とて心の内を推し量れない佇まいだった。

「祢仔、君にね新しい仕事がある」
「そうですか。どのような仕事でしょうか?」
「ああ、それなんだけど。君に、専属のお客様が付く事になったよ」
「……はぁ?」
「君って驚くと素が出るよね。割とキツイ感じの。勘違いしないで欲しいのだけれど、これは私からの仕事ではなく、ボスからの仕事さ」
「拒否権は無い、という事ですね」
「何? 拒否する予定があるという事かな。最近の新卒はちょっと恐いなあ」

 麗子はくすくすと綺麗に笑っているが、正直笑える話ではなかった。専属と言うのは、ついこの間まで学生をやってたぺーぺーに任せる仕事ではない。異例も異例、何か裏のある仕事に違いなかった。
 とはいえ、ボスからの仕事であるのならば断わる事はほぼ不可能。
 逃げ場がない事を悟り、祢仔は盛大に溜息を吐いた。