07.ほのぼの白真会
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白真会の本部に戻って来た。会派が別れていると言ったが、何と本部も別である。響鬼曰く、これが「意見の相違」というやつらしい。面倒臭い連中だ。
ともあれ、会派のお偉いさんに報告を済ませた万里と響鬼はロビーに戻って来ていた。煙草の箱を取り出し、何かを思い出したかのようにそれをしまった上司がぽつりと呟く。
「そういや、飯を奢ってやる約束だったな。桐、お前――」
「え、どうしたんすか?」
言葉を紡ぎかけていた響鬼が不意にそれを止める。頭1つ分くらい高い背を見上げれば、彼は万里を通り過ぎて後ろを見ていた。何か居るのかと警戒しながら視線を辿る。そして、脱力した。
恐らくは美女と呼ばれる容姿。このクソ暑い中、何故か着物を着用している。分かり辛いがかなりバランスの取れた筋肉という装甲を身に纏っているのは周知の事実だ。肩口までの真っ黒な髪は、かつて「髪質が似ている」と分家の子達に言われた記憶がある。
彼女の名前は桐志月。言うまでも無く、万里の実姉だ。背には細い布袋を負っているので、仕事帰りだと思われる。
「んんっ」
不意に響鬼が咳払いし、特に乱れた様子でもないネクタイを正した。ついでにスーツのジャケットも一通り整える。何が始まったのかと固まっていると、肩を叩いて「ちょっと待ってろ」と言い残したアニキ分は志月の方へと歩いて行った。
何だか色々察する事の出来る光景に、半ば予想しつつも半眼で今から起こる出来事を見守る。
「桐さん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
淡々と報告に向かおうとしていた志月は響鬼に声を掛けられ足を止めた。言うまでも無く姉の方が年下だが、丁寧な物腰。響鬼から漂う若干の緊張感。笑い出しそうになるのを必死に堪えながら、事の顛末を観察する。
「響鬼さんは、今日は仕事だったんですか?」
「ああ」
「万里が居るように見えますが」
「面倒を見るよう、上から任されていてな。聞き分けが良くて、良い奴だぞ」
「……成る程。知りませんでした、万里が聞き分けの良い子だなんて」
含みのある言い方だ。
視線に気付いたのか、黒い髪を耳に掛けた志月は背後を気にする素振りを見せた。その行動に若干、響鬼が狼狽える。
「それじゃ私、報告に行って来ます。万里をよろしくお願いします」
「あ、ああ。また明日――」
――おいおいおいおい! 何やってんすかアニキ!! 何でそこでもっと押さないんだ!!
謎の使命感に駆られた万里は、ぐいと前に出た。相手が知らん女ならまだしも、彼女は姉だ。遠慮など無い。
「姉貴、俺達は今から飯食いに行くけど。仕事終わったんなら、一緒に行こうぜ」
「何、急に? また誰かに怪我でもさせた? 事後処理はやらないから、相談所を介して自分で解決しなさい」
「ちっげーよ! つか、子供の頃、近所のクソ野郎をボコったのは姉貴――いや、そりゃいいんだよ。行くのか、行かないのか」
考える素振りを見せた志月は、チラッと響鬼を伺った。上司と部下の食事に、自分が参加して良いのかを思案する顔だ。
――今っす、アニキ! もう一押し!!
こっちの必死な思いが通じたのか。それとも、ここでチャンスを逃す程ポンコツではなかったのか。響鬼は万里が思い描いた通りの言葉を口にした。
「桐さんも、どうだ? 今日は俺の奢りだが」
――いや、そこまで身体張れとは言ってねぇ!
財産を切り崩すスタイル。ワイルドではあるが、それでは逆に姉が身を引いてしまいそうだ。
「奢らなくて良いです。報告が終わるまで、待ってくれるのでしたら」
「ああ、勿論だ。この辺にいる」
「それじゃあ、お邪魔します」
金の話になって来たら身を引くと思ったが、存外そうでもないらしい。それなりに両者の関係は良好と言う事か。
考察していると、響鬼に軽く背を叩かれた。怒っているのではなく、何かを労るようなニュアンス。言葉を掛けては来なかったが、その動作だけで全てを察さした万里はぐったりと溜息を吐き出した。
何だか焦れったい人である。
***
時間軸は現実へと戻る。
話を終えた桐万里はそういう訳、と意味不明な締めくくりで椅子に踏ん反り返った。そんな彼の言葉に女2人が思案するような顔をする。ややあって、祢仔が肩を竦めた。
「何だかアレね。華客狩りって、殺伐としてるらしいけれど……私の所より平和なんじゃないの?」
「いや、殺伐とはしてるぜ。俺の居場所が平和そのものってだけで。お偉いさん達は対立しあってるし」
それを受けて海良がはにかむように小さく笑う。
「それにしても、上司の響鬼さん、とっても面白い方ですね」
「あー、あの人って白真会の女人気高いんだよなあ。包容力がありそう、って事らしいぜ」
「取り敢えず、万里くんは上手い事言って、「俺等姉弟なんで、桐って言われてもどっちがどっちか分からないっす」みたいな。お名前で呼んで貰うのはどうですか」
「前々から思ってたが、お前頭良いよな。海良。今度やってみるわ」
手を叩いて喜ぶ万里。
一方で、海良は次の話題へシフトチェンジしていた。
「次は私と祢仔ちゃん、どっちが先に話ますか?」
ここで祢仔がやや気まずそうな顔をして、まったく唐突に爆弾を投下。一言で場を氷着かせた。
「次は私ね。その……万里がさっき話してた、コレクトのヤベェ奴。私の専属客だわ」