1話 喧嘩屋の日記

04.社長のお言葉


 万里の客観的に見た感覚として。
 殺意にも似た感情を振り翳しているのは響鬼だけで、どうも伏見はそうでもないらしい。ニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべるだけで殺し合いをしようという腹ではないらしかった。

 睨み合っていた両者。
 先に動いたのは響鬼の方だった。喧嘩慣れしていながら、しっかりと型を踏まえた綺麗な動きでジャブ程度に伏見へと右の拳を突き出す。

「おっと……!」

 ひらりとそれを躱す伏見。動きこそは巫山戯たものだったが、よくよく脳内で今の動きを反芻してみれば、無駄のない方向へ避けたと思われる。

 響鬼の拳を躱した伏見は更に距離を取ると、やはり真意の掴めない笑みを浮かべた。見ている相手を不安にさせるような、底意地の悪い顔だ。

「こっわ。何やねん急にぃ。華客狩りが相手するのはマレビトだけとちゃうんか? ああ?」
「うっせぇ。華客狩り以前に、自分の邪魔をする人間は叩き潰す。それが久木のルールだろうが」
「仕事中は仕事に従事せいや」

 ド正論だったが、何故か伏見が正論を口にすればする程に胡散臭くなるのは何故だろう。

 一瞬で間合いを詰めた響鬼が、今度はその長い足から鋭い蹴りを繰り出す。やはり伏見はそれを躱したが、彼の背後にあった壁に響鬼の足がぶち当たった。途端、何かが焦げるような臭いが鼻孔を掠める。
 響鬼が使用した何らかの異能である事は確かだが、基本的に久木町での個人情報漏洩は命取りだ。それは後輩である万里に対しても同じで、自分は響鬼の異能の中身を知らない。

 舌打ちした響鬼が壁にめり込んだ足を退かす。くっきりと、真っ黒な焦げ痕が着いていた。
 眼を細めてその様を観察するが、残念な事に自分はあまり頭が良くない。大学時代は卒業する為に海良や祢仔をはじめとしたたくさんの友人に面倒を見て貰った程だ。よって、これだけを見ても何の異能か特定する事は不可能。

 早々に解析を諦め、響鬼達の方へ視線を移す。
 そして、状況が変わった事を悟った。

 響鬼は相変わらず徒手空拳だが、伏見はその手に凶悪なナイフを持っていた。明らかに物を切るのではなく、人を傷付ける為の武器としての形状。

「アニキ――」

 もういっそ2人で叩いた方が早いか、と一歩足を踏み出そうとした。が、その足は存外すぐに止まる。
 というのも、万里が介入する一瞬前に両者共、動きを止めたからだ。

「んんー、まあ、ええやろ。ほな、俺は会社に戻るわ。割と良い運動になったで」
「とっとと消えろ」
「挨拶やんなあ。というか、そっちのお前」

 解散のような流れになっていたが、唐突に伏見に話し掛けられて自然と身構える。こういった手合いは何をしてくるか分からない。
 そんな万里の態度を鼻で嗤った伏見は、意外な言葉を吐き出した。

「何や、聞きたい事でもあったら特別に答えたるで。暇やし」
「はぁ?」

 上司である響鬼の様子を伺うも、彼もまた怪訝そうな顔をしていた。しかし、今の所は伏見を相手に手を挙げるつもりは無いらしい。警戒しながらも、これ以上の戦闘はしたくない気持ちが見え隠れしている。
 困惑していると、伏見が更に言葉を続けた。

「俺もな、去年は若い子をとったんやで。何や、懐かしくなってきたわ」

 うずうずとしている。これは、何か聞かない事には業務妨害を止めてくれそうにない。そう判断した万里は、渋い顔で呟いた。

「はぁ……。何でこんな、なんにも無さそうな場所でトレハンやってたんだよ」
「躾のなってないクソ餓鬼やな。何でも何も、趣味言うたやろ。話はちゃんと聞かなあかんで」
「コイツうぜぇな。じゃあ、コレクトって結局の所何やってんの?」

 先程の問いには微塵も興味が無さそうだった伏見はしかし、何故か楽しげににんまりと笑みを深めた。面倒な事を聞いてしまった感が否めない。

「よっくぞ聞いた! うんうん、そういう面白い事聞いていく姿勢、ええで。この社長が手ずからヴィラ・コレクト社について教えたるわ!」
「言う程興味ねぇから、3行でまとめろ」
「ドライ!! まあええわ。俺等はな、世界の珍品を集めとる。面白さ重視やから、そこんとこよろしくな。見てて面白いモンを集める。以上。ま、集めてる物はそれこそピンキリやわ。上の事情で出版が出来なかった本、価値ある工芸品――俺が気に入れば、幼児が描いた絵とか、或いは人間も対象やんなあ」

 ――マジでピンキリだな……。
 どうにもヴィラ・コレクト社の説明で嘘を吐いている様子は見受けられない。面白ければ、人間すらもコレクトするし、金銭的な価値は無い物も集めるという事か。
 言葉を噛み砕いていると、不意に伏見は笑みを消した。そして肩を竦める。

「ま、お前はウチには要らんかな。面白く無さそうやし。それに、響鬼ちゃんそのものは割とウケんねんけど、響鬼ちゃんの周りに居る人間は揃って面白味に欠ける」

 はっ、と響鬼がその言葉を鼻で嗤う。

「てめぇなんぞに目を着けられなくて何よりだ」
「まあ、何でもええねんけど。ボチボチ帰るかな。遊んでる間にメッチャ着信溜まっとるわ……。誰やねん。掛けすぎやろ、アホか」

 スマホを着けてゲンナリした顔を見せた伏見がくるりと踵を返す。それまでのテンションが嘘だったかのように、そのまま廊下を曲がって消えて行った。