1話 喧嘩屋の日記

03.コレクトのヤバイ奴


 ***

 久木西ビル廃墟前。
 運転手は車内待機するとの事で、万里は響鬼と共にビルを見上げていた。廃墟感は無い。1ヶ月前、廃墟と認定されただけでそう時間は経っていないからだろう。鍵が掛かっている様子は無いが、代わりに窓ガラスは全て外されていた。せめてもの防犯対策だと思われる。無意味だったけれど。
 ちなみに、道路脇なので車が普通に行き来しており、それなりに賑やかだ。

 それとなくビルの観察をしていると、車を降りてからこっち作業を全て自分に一任すると言っていた響鬼が、肩に手を置いてきた。ちら、と振り返る。

「そういや、伝達事項で頭が一杯だったから忘れてたが……。初任務だな。無事に終わったら、飯でも奢ってやるよ」
「お! マジすか!? やったぜ、頑張りまーす!」
「浮かれ過ぎないように釘を刺しとくが、初任務後にまだ華客狩りを続けるって奴は4割に満たない。だが、辞めたくなったら俺に言えよ」

 ――それはないな。
 心中で万里は首を横に振った。自他共に認める戦闘狂。高校、大学共に喧嘩に明け暮れる日々を過ごしていた。今更、暴力に怯える質ではないのだ。

「よし、行くか。ともあれ、死なねぇように見といてやる」
「うっす、じゃ、入りますね」
「お前、案外躊躇い無くグイグイ行くな……」

 自動ドアは半開き状態だ。誰かが無理矢理開けたのだろう。それを潜り抜け、中へ。元は受付であった場所を越えると、すぐにオフィスに辿り着いた。途中で階段を見掛けたが、ビルの構造を知る為に一旦見送ったが、結果的にはそれは正解だったらしい。

 こちらに背を向けて、男性が立っている。無い窓から外を見ているのか、それとも別の何かを見ているのか。
 普通に綿パンを穿いているのだが、左手には煙の上がる煙管を。肩からは派手な色をした着物の上から着るような羽織を着用。色々と浮世離れした背中に、こいつが標的だなと万里は身構えた。
 加えて、彼の足下には数名の屈強そうな男達が転がっている。何れも、不自然な体勢で固まっていた。一方的に伸された事だけが伺える上、息をしているのかも怪しい。

 分かる。これは普通に触っちゃいけない存在であると。

「これが、マレビト……?」

 呟いた瞬間、全く前触れ無くその男がこちらを振り返った。額には青筋が浮き、分かり易く腹を立てたような表情をしていて、それが返って嘘臭い。本当は欠片も怒りの感情を表現していないような、胡散臭さ、とでも言うのだろうか。
 そんな分かり易くも分かり辛い男は、割と大きな声でこう言った。

「誰がマレビトやねん!」

 ――いやアンタが。
 そう言い掛けたものの、言の葉にはならなかった。襟首を強く引かれ、よろけた途端、後ろで見ていると言った響鬼がグイと前に出る。警戒が滲み出ている気配に、どうしたのか確認を取る事も出来なかった。

「志摩伏見……! テメェ、何でこんな所に!?」
「誰すか?」
「前に注意しただろう。コレクトのヤバイ奴はコイツだ」

 そういえば、研修中に名前だけは聞いた気がする。要注意人物、ブラックリストに入っていたヴィラ・コレクト社の社長。あまりにもイメージ図と掛け離れている為、咄嗟に結びつかなかった。
 確か、コレクトと言えば世界中の珍品を集めている非公式組織だったはずだ。

 色々と浮かびかけていた情報はしかし、大袈裟過ぎる程大袈裟に肩を竦めた志摩伏見によって遮られる。

「俺そんな風に言われとったん? 悲しいわぁ」
「だったら、日頃の行動を改める事だな」
「仕方ないやん? 人間なんてなぁ、楽しいのが一番やで。これ、長生きの秘訣らしいから響鬼ちゃんもよーく肝に銘じとき?」

 言いながら伏見は手に持っていた煙管の先をぎゅっと片手で握った。どういう原理なのか、上がっていた煙が沈静化する。それを見届けた彼は、そのまま熱いはずの煙管を懐に仕舞った。

「おい、何故ここにいる」
「響鬼ちゃんの知っての通り、俺、廃墟巡りが趣味やねん」
「いや知らん」
「それでな、後トレジャーハントも好きやから、何ぞ落ちとらんか見に来た訳よ」
「見ての通りだ。あんたの目に留まるような物は無い」

 多分、伏見の言葉はどちらも嘘なのだと思う。嘘である事を隠しもしない、大袈裟な挙動。とてもじゃないが、信用に値しない人間性だと思う。

 舌打ちした響鬼が、伏見を睨み付けた硬直状態のまま呼ぶ。

「桐、下がってろ。これは業務外、怪我する必要はねぇ」
「いや、こんな奴、相手にする気っすか?」
「ここから退かねぇつもりなら」

 上司の言葉に意見するつもりも無いので、万里は壁際まで後退した。用心深く行動したつもりだったが、伏見はこちらに興味などないらしい。何考えているのか分からない薄ら笑みを浮かべたまま、響鬼を眺めている。
 ただ、彼は万里の存在を認識してはいたらしい。ぽつり、と言葉を溢す。

「そういや、最近は何でか若い連中と縁があるなあ。去年は大学卒業した新卒? とか言うのも取ったし」
「何でわざわざ大学出て、こんな怪しげな組織に入るんだ……」
「せやろ? でも俺、アイツの事割と気に入っとんねん。何ぞ、目論見でもあるのならそれでも構わん。楽しそうやし」

 クツクツ、と伏見が嗤う。こういった手合いは苦手、というか端的に言って嫌いだ。遠回しで、それでいて正直ではない。言いたい事があるのならハッキリ言え、と声高に宣言したいものだ。