1話 こんにちは異世界

09.別荘の愛称


 ***

 場所は変わって、異界召喚召喚士という最早何なのか分からない集団が住む為の区画へ到着した。
 分かりやすく別荘じみた建築物が5つ。自分のものであるそれと、隣の浅田と残りの部員3人の為の住処。最初から別荘とは聞いていたが、まさか本当に別荘サイズとは。お見それした。

「かなり大きいですね。これ、本当に私が使って良いんですか? 家賃とか凄い事になりそうですけど」
「やけに現実的な問題を口にするよね、シキミちゃんは」
「ええ、まあ。維持費も掛かりそうですし。私と相棒しか住まない訳でしょう?」

 こんな大きな家、非効率的だ。広ければ広いだけ掃除も大変だし、それに見合った維持費というものも掛かる。その辺りは無理矢理自分達を連れて来た彼等がどうにかしてくれそうだが、掃除に関しては自身でするしかないだろう。
 それとも、家政婦のような人物も住み込みで働いてくれるのだろうか。謎だ。それに、家の中に知らない人間がいる空間に耐えられるとは到底思えない。出来ればイグナーツとも別居にして欲しい次第だし。

 悶々と考え事をしていると、そんな事など露知らずルッツが呟きに応じた。彼は彼で割と脳天気且つ楽天的な一面があると、この数十分で理解した。

「ああいや、最初は大きな1つの別荘にみんな住んで貰っていたんだよ。でも、君達ってはぐれ召喚獣を次から次に拾って来てさ、居住スペースが狭くなったから分割したんだ」
「犬猫じゃないんですよ。誰ですか、そんなのホイホイ拾って来るのは」

 肩にすっと手を置かれた。そちらを見れば、部長が沈痛な面持ちで頭を振っている。まさか、聡明な部長殿も拾って来た覚えがあるのか。どうなってるんだ。

「あ、それとね。僕達が召喚用の術式を魔改造してしまったせいで、任意で送還が出来なくなっちゃったんだよね」
「と、言うと?」
「重篤なダメージを受けて界に強制送還されるか、もしくは召喚術の効果が切れるまでアバカロフ式――拝借式で喚んだ召喚獣を元の場所に還せないんだよ。だから、必然的に喚んだ子達は2〜3日くらい居座っちゃうかなあ」
「とんだ欠陥魔法じゃないですか……。いや、手順を覚えられない私達が悪いんでしょうけど」

 喚んだら還すのに苦労する、ざっくりとそれを理解した樒は唸った。基本的に知らん人間がいる家で寝泊まりするのが億劫なタイプなのだ。にも関わらず、喚んだ客を強制的に帰す事が出来ない。
 寝不足の日々が続きそうで既にうんざりした気持ちだ。

 それに、とルッツは遠い目をして更に補足の情報を口にする。

「君達、異界召喚士ってちょっとやそっとじゃ疲れなくてね。界が違うからだろうけれど、魔力量はアーティア出身者の人間よりちょっとばかし多いみたいだよ」
「うーん、それはそうかもしれませんけど、僕ら現代っ子って滅茶苦茶虚弱ですからね」

 浅田がそう言って苦笑する。そりゃそうだ。こちとら、転んで足を擦り剥いただけでも大怪我したな、と感じるレベルの世界線で生活しているのだから。
 ――あれ、そういえば仕事って結局何をするんだろう?
 不意に掠めた疑問。設定画集の話が出たあたりから嫌な予感を覚えていたが、色々あったせいで頭から抜け落ちていた。肝心な事を、まだ聞かされていない。

「部長、私達って結局何をするんですっけ?」
「あ、それなんだけど、取り敢えず中に入ろうか。ずっと玄関前で立ってる訳にもいかないし。有嶋さんも、結構歩いて疲れたでしょ?」
「はい。私、体力はかなり貧弱な方なので」

 高校へ行く時は近場なので歩き。体育の授業など週に2回だし、その2回でさえアクティブに動くタイプの生徒ではない。運動神経は地の底、そんな自分は当然体力も無い。浅田の言う事は尤もなので、一先ずは先の質問を呑込んだ。

「じゃあはい、シキミちゃん。これが君の家の鍵だよ。無くしたりしたらすぐに言ってね、新しい鍵に変えるから」
「ありがとうございます」

 手渡された銀の鍵には既に猫のキーホルダーが取り付けられていた。大変可愛いが、これはどうしたのだろうか。

「ああ、その印はね、みんな鍵の形状が似ているから保管に困らないように着けていたんだよ。邪魔なら外してしまって良いからね」
「いえ、可愛いのでそのままにしておきます」
「そう? それを見たら薄々気付いているとは思うけど、シキミちゃんの拠点は前は猫館って呼ばれてたんだ〜。ははは」

 可愛いので全て許せるが、それにしたって館の名前がそのまま過ぎる。
 やや笑いを堪えながら、樒は渡された鍵を鍵穴へとねじ込み、自宅でもそうするように捻った。カチャリと軽い音がし、ドアが開く。ふわり、と新品の家の匂いがした。