1話 こんにちは異世界

08.召喚術の種類と注意


 打ち合わせを終えたルッツがこちらを向く。ニコニコと浮かべた笑みはそのままだ。

「えーっと、それじゃあ簡単に召喚術の説明をするね。まずは……そうだな、そもそも召喚術が何なのかは知っているかな?」
「私の持っている漫画アニメからの知識だと、あれですよね、強い獣とか喚んで代わりに戦って貰うやつですよね?」
「そうそう! ざっくり言うとそんな感じ! で、その召喚術の中も大まかに分けて2種類あるんだよね」

 何だか難しい話になってきた。知らず、眉根を寄せていたのか慌てたようにルッツが謎のフォローを入れる。

「あ、大丈夫大丈夫! 全然難しい話じゃないからさ。まず、2種の内の1種目。これがアバカロフ式召喚術」
「あばかろふ? 美味しそうな名前ですね」
「そ、そうかな……。猫の手式、拝借式って言われる事もある召喚術だね。有事の時に一瞬だけ力を借りて、後は還って行く召喚術」

 詳しく説明を受けたところ、魔法代行のようなものらしい。一瞬で来て予め定められた行動を取り、それが終わり次第効果はどうであれ元の場所へ還る。これがアバカロフ式召喚術。

「それでもう一つ。こっちの方が君達とは縁が深いかな。クルト式召喚術って言って、簡単に言えばユウシくんとイザベラみたいな関係性だね。相棒召喚だとか言われる事もあるかな」
「私とイグナーツさんもこっちですかね?」
「そうなるね。とは言っても、彼も割と単独行動の気があるからなあ……。もしかしたら、変わるかもしれないからそれだけは気に留めておいてね」

 変えられる可能性があるようだ。とはいえ、あのアプリを通した程度では彼がどんな人物なのかなど見当も付かないので、如何ともしがたいが。

「あ、そうそう。クルト式召喚術で喚ばれた召喚獣は教会で登録が必要なんだ。だから、何がどうであれイグナーツが戻って来たら、もう一度ここへ来て貰う必要があるかな。ごめんね、忙しいのに何度も」
「いえ、ご丁寧に有り難うございます。私、イグナーツさんの事、よく知りませんけど」
「あと、これはお土産というか防犯用と言うか。何かあった時に使ってね」

 言いながら渡されたのは1枚のカードだった。トランプなどではなく、タロットで使うような細長いカード。裏面は模様が描かれており、表面に当たる部分には幾何学模様のような何かが奔っているのが見て取れる。
 意味不明なカードに首を傾げていると、何故かほんの少しだけ可笑しそうに笑ったルッツが補足で説明してくれた。

「それがアバカロフ式召喚術で使う術式だよ」
「これが……。貰っても良いんですか? 使い方も分からないんですけど」
「ああ、使い方は簡単だよ。使用意思を持って、カードを翳すだけ。使いたいと思って手に取れば良いからね。で、肝心な術式の中身だけど。『剣庫』っていう術式で、術者が指定した場所に剣の雨を降らせる術式だよ」
「あ、戦闘用って事ですね」
「いや……。これって、召喚士なら誰しも最初に配布される術式なんだ。つまり、みんなが使った事があるんだよ。こんなの、攪乱くらいにしかならないから緊急脱出用って言う方が正しいかな」
「通用しないって事ですか?」
「うーん、そうだね。無理だと思う……」

 防犯ブザーのようなものらしい。防犯で刃物を降らせると言うのは些か乱暴なような気もするが。それに、使用意思を持つだけで使用可能だなんて、緩すぎやしないだろうか。もっとこう、仰々しい呪文を唱えたり必要ないのだろうか?
 そんな疑問が伝わったのか、浅田部長が苦笑して余談を話してくれた。

「いや、最初はもっと発動はこうでああで〜、って色々あったんだよ? でもほら、そんなの僕らには覚えられないじゃん? だから、色々と改造して貰って即時発動出来るように改良してくれたんだよ」
「あ、私達のせいで改造されたって事ですね」
「うーん、そうなるかなあ。いやほら、マジで洒落にならない難しさだったし」

 あっはっは、とイザベラが腹を抱えて笑う。

「うむうむ! そなたは危うく、自らの頭上に剣の雨を降らせるところであったな! あれには流石の妾も肝を冷やしたぞ!」
「そ、その話は止めようか。イザベラ」

 肝を冷やすどころか心臓が止まりかねないハプニングがあったようだ。今でこそ笑い話になっているが、騒然とした場になったに違いない。
 脱線した話を元に戻そうと思ったのか、更にルッツが数枚のカードを手渡してきた。ただし、先程の術式とは違い、白紙。

「これはね、シキミちゃん。新しく召喚に応じてくれる子がいたら、渡して欲しい。いつでも喚んで良いって言ってくれる気前が良い召喚獣に書いて貰う為のカードさ」
「サイン色紙みたいですね」
「そのざっくりした感じ、僕は嫌いじゃないよ。そういう訳だから、無くなりそうになったら言っておくれよ。いくらでもあるからね」

 貰った紙類を制服のポケットにしまう。かなり飛び出してはいるが、他に入れられる場所が無かった。

「さ、それじゃあ次はお待ちかね。シキミちゃんの住む拠点へ行こうか」