1話 こんにちは異世界

07.召喚士とランク


 喋りながらもルッツの作業をする手は止まらない。いつの間にか、部屋へ訪れた時には見なかった道具達が一式、辛うじてスペースのある机の上に並べられていた。
 1つはスマートフォンと同じくらいのサイズの、モニターのような何か。そしてもう一つは胡散臭い占い師が使うような水晶玉のような何かだ。こちらは金の台座に置いてあり、如何にもといった体を醸し出している。

「よし、準備完了!」
「あ、はい。えっと? それで、私は何をすればいいのでしょうか」

 何故かルッツその人から上機嫌にウインクを寄越された。対応に困り、身体を硬直させる。こんなの、部長から前もって説明が無かったら変質者として大声を上げているところだ。

「それじゃあまずは、そっちの水晶玉に手を翳してもらおうかな」
「こうですか?」

 言われた通り、暖炉の前で手を温めるかのようにそれへと手を翳す。

「ちょっと遠いな。指紋付いても気にしないから、こう、ぐっと手を密着させて貰って良いよ」
「ちょっと気が引けますね……。綺麗に磨かれているみたいですし」

 言いながらもそれにそうっと触れる。ひんやりとした手触りが心地良い。透明度の高い球体は急速に輝きを増した。それは光が反射しているというレベルをあっさり超越。電球か何かのように発光している。
 堪らず目を閉じたところで、唐突に光が弱まった。強い光を受けたせいでチカチカする視界の中、ちらとルッツの様子を伺う。
 彼はもう一つの小道具を見て頷いているところだった。

「うんうん、凄いなシキミちゃん。今いる5人の中では一番、召喚士としての腕は良いのかもしれないね。ランクはSかな」

 へえ、と感心したような声を漏らしたのは浅田部長だった。

「ああ、やっぱり有嶋さんは優秀でしたね。ほら、神社の娘さんですから」
「じんじゃ?」
「生まれながらも聖職者って感じです」
「そうなのかい? 聖職者って結婚は……ああ、宗教上の理由だから君達の世界ではその限りじゃないのか。ごめんよ、野暮な事を言って」

 不意に浅田と目が合った。緩く笑った彼は正しく学校における先輩ではあったが、物憂げな表情であるようにも見える。

「部長?」
「ああいや、優秀な子の有嶋さんに変な仕事ばかり回されないようにしないと、って思ってて」
「変な仕事!?」

 呟きが全く同時にルッツと発された。思わぬ二重奏に、それまで場を静観していたイザベラが笑い出す。彼女は笑いの沸点が随分と低いようだ。
 ともあれ、慌てたようにルッツが両手を振る。

「いやいや! 確かに、ユウシくん達が来たばかりの頃はドタバタしていて、色々大変な事もやらかしちゃったけど! もうそんなミスはしないからね! 安心してくれよ!」
「あったな、そんな事も。妾はようやく運命の契約者と出会えた所だと言うのに、死別するかと思ったわ」
「それは大袈裟だよね!」

 ――起ち上げ初期の頃は思わぬトラブルが多発していたようだ。
 どうか自分の時には要らぬトラブルに巻き込まれませんように、樒はこっそりと心中で手を合わせた。

「そうだ、ルッツさん。有嶋さんの適正ワールドは?」
「あ、そうだった。そうだね、シキミちゃんは……」

 言いながらルッツがスマホに似た小道具を覗き込む。目を細めたり、斜めにしたりしながら、言い辛そうに応じた。

「んー、グランディア……とアグリア……後1個ある気がするんだけど、何だかよく見えないな。とにかく、適正ワールド3つだね」
「適正ワールドとは?」
「召喚術を使用するに当たって、召喚士と相性が良い世界の事さ。適正付いてるだけで、補正値入ったりするから、出来るだけこれに合わせるのが基本かな。でもまあ、異世界から喚んだ君達みたいな召喚士にはあまり関係無いみたいだけど……」
「召喚術……。漫画か、アニメの世界ですね」

 小さく溜息を吐いたルッツが小道具を机の上に放置する。こうやってこの部屋は散らかっていくんだな、そう思わせるに足る光景だ。

「うーん、もう一つが分からないや。ごめんね、シキミちゃん。ところで、召喚術についても僕が説明した方が良いかな?」

 浅田が首を傾げる。

「僕が帰りがけ、拠点に着いてから片付けを手伝いつつ説明しますよ。急ぎじゃないのなら」
「……ううん、急ぎだよ。ほら、ここでアレを渡さないといけないから、最低限使い方くらいは分かっておいてもらわないと事故る」
「それもそうですね」