1話 こんにちは異世界

06.相棒の定義


 ***

 教会、とルッツが呼んだその場所は樒の持つ教会という知識と合致するものだった。煌びやかで厳かなステンドグラス、装飾の一部にも見えるパイプオルガン。掲げられた十字架。どれを取っても教会というイメージで相違ない。
 座席と机が一体化した、長机だか長椅子だかの間を縫い、ずんずんと奥へ奥へ進んでいく保護者の後を追う。彼は恐らく早歩きしている訳ではないのだがコンパスの差というやつだ。歩く速度に追いつけない。

「部長」
「うん、どうかした?」
「さっきから思ってたんですけど、私の事を誘拐? した感じのローブ姿の人達って何なんですか?」
「誘拐!」

 イザベラが面白そうにそう言うと、人目も憚らず笑い出す。豪快と言うか、遠慮が無いと言うか。一瞬、大口開けて笑う美女に気を取られた。しかし、相棒である浅田にとっては日常茶飯事のようだ。特に彼女の奇行を気にする事も無く、問いの答えを告げる。

「あの人達は僕達以外の召喚士だよ。さっきの集会場にいた人達もそうだと思う。あのローブ集団って恐いよね」
「恐いというか……ちょっと、不気味です」

 ローブ姿の彼等彼女等は、失礼にならない程度に会釈して挨拶するだけで、積極的に話し掛けて来る気配は無い。どころか、フードまですっぽりと被っているので目線がどこを向いているのかすら特定出来ない状態だ。
 恐らく、会話してはいけないだとか決まりがあるのだと思う。それくらいの徹底ぶりを匂わせる何かがあった。

「有嶋さん。他にも何か気になるところがある?」
「いや、そういえば部長と……えーと、いざ……いざ、ら……」

 ――部長の相棒とかいうこの人、名前何だったっけ?
 思い出そうと首を捻っていたら、当本人から直々にフォローがされた。

「妾はイザベラ! グランディアより喚ばれて来た、サラマンダーであるぞ!」
「何ですか? さらまんだー……? あのほら、火を吹く蜥蜴的なイメージの?」
「ううむ。妾の源身も言う程、蜥蜴では無いが……。うむ! 概ねその認識でよし!」

 何だか許しを貰った。
 脱線していた話を元に戻す。

「部長とその、イザベラさんってアプリを通して知り合った訳じゃないですか」
「ああうん、そうだね」
「私の相棒はイグナーツさんじゃないですか。で、本人はここにいない訳ですけど、向こうから契約者チェンジを言い渡された場合ってどうなるんですか?」

 聞いておいて何だが、その問いの答えを部長が知っているとは思えなかった。何せ、彼とイザベラの仲は良好そうに見える。少なくとも、互いを侮蔑し合う、殺伐とした仲には見えない。
 案の定、部長は緩く首を傾げた。堪え倦ねている時の仕草だ。

「えー、ちょっと僕にも分かんないけど……。そんな事にはならないんじゃないかな、多分。あのイグナーツさんって、僕達契約者より『異世界から来た住人』っていうのに興味がありそうな人なんだよね。おいそれと、珍しい生き物を手放したりはしないんじゃないかな……」
「私が知っている相棒関係じゃないのですが」
「そ、そうだね!」

 珍獣扱いされているのか。目の前の2人のように和気藹々とは行かなさそうだ。別にかまいやしないが。

「それはよいが、そなた等、ルッツはどこへ行った? 我々の案内をしていたのではないのか?」
「あれっ! ホントだ、どこに行ったんだろルッツさ――」

 件の人物が明らかに祈りの間からは外れた通路から、小走り片手を振りつつ現れた。知り合いを見つけた女子高生みたいな反応だ。

「あっ、ごめんごめん。楽しそうに話をしていたから、その間に関係者部屋を使う許可を取りに行ってたんだ!」
「話し込んでしまってすいません」
「いや! いいよいいよ、シキミちゃんも来たばかりで積もる話もあっただろうしね。じゃあ、準備も出来たし、次に行こうか」

 引率の彼はそう言うと、先程自分が現れた通路を指さした。薄暗い。今この祈りの場が表舞台だとすると、舞台裏へ続く道のような何かを思わせる通路だ。

 ルッツの後に続き、辿り着いた部屋は小道具のたくさん置かれたお客様向きではない部屋だった。物置までは行かないが、客を通す部屋でも無いような場所。

「あの、ここで何をするんですか?」

 堪らず訊ねる。ルッツは何故か悪戯っ子のような笑みを浮かべた。非常に楽しそうだ。

「よくぞ聞いてくれたね。ここは、測定室さ! 外の世界から喚んだ子達にはみんなやったから、シキミちゃんのも測定しないとね!」
「有嶋さん、ルッツさんは研究者だからさ……」

 何を楽しそうにしているのだろう、と首を傾げていればすかさず浅田からフォローが入った。そういえば、最初の紹介で同じような事を言っていた気がする。であれば、この測定結果は彼の研究にとって必要なデータとなるのか。

「何を測定するんでしょうか?」
「ああうん、まずは召喚士のランク測定。そして魔力量も量って……ここではそのくらいかな。本当は採血とかしたいんだけどさ、ここは医療道具は置いていないからね」
「採血?」
「大丈夫。僕は一応、看護師訓練も積んでいるからね! 痛くないよ!」
「あ、いや、別に聞いてないです……」