1話 こんにちは異世界

10.仕事の話


 拠点の案内だのと言われたが、まずは仕事内容を詳しく確認しようと言う事で場所をリビングに移動した。
 移動して分かったが、この世界にテレビという高尚な道具は何一つ無い。どうやって使うのか分からないキッチンや、来客用ソファが置かれているだけの簡素な空間だ。一人なら良いが、連れが居て会話に困った時はどうするんだこの造り。
 文明の差に驚愕していると、既にこの環境に慣れきっている浅田部長が神妙な面持ちで口を開いた。

「それで、有嶋さんがさっきから気にしている仕事の内容だけど――まあ、設定画集の話を持ち出した時点で察しは付いているんじゃないかな」
「……はい、まあ。ただ認めたく無いので再確認してはいます。その、まさか、なんですね」

 うん、と部長は重々しく頷いた。これは部費が30%カットされた月の項垂れたポーズに重なるものがある。

「僕達の仕事内容はね、あの設定画集を元ネタにして僕達自身が作ってた小説――あれの主人公みたいなお仕事だよ」
「……神格の召喚を止めたり、召喚されたら素手で殴るっていう無茶な設定の、あの私達が書いていた小説の主人公って事ですよね」
「そうなんだよなあ……」

 説明しよう。
 まず設定画集を元ネタに書いた、文芸部名物の小説。これには画集に登場する神格という生物が多く出て来るがそれらは大抵の場合、人間如きの力ではどうしようもない。
 その化け物共と如何にエンカウントせず、ヤバい組織の召喚作業を差し止めるのかが物語の鍵だ。うっかり召喚されて全員死亡、などというバッドエンドも当然存在する素人物書きの世界。一番ヤバいのは特に文章を書く練習をした訳でも無い高校生が織りなす物語が存外エグいという事だろう。
 それ即ち――

「ミスったら死ぬ奴ですよね、部長」
「イエス……!!」

 急に気分が重くなってきた。ここ最近で一番インパクトの強かった事件には劣るが、十分胃が痛くなる内容だったと言える。一緒に話を聞いていたルッツですら顔を引き攣らせて曖昧な笑みを浮かべている程だ。
 この衝撃的な事実をどう受け止めようかと逡巡していると、不意に玄関が乱暴に叩かれた。驚いたようにルッツが立ち上がる。

「うわ、何だ?」
「よい、座っておけ。妾が見てこよう」

 ルッツの肩を結構な力で押し、再度ソファに座らせたイザベラが険しい顔でドアを睨み付ける。警戒している様子に、慌てて浅田が言葉を添えた。

「ちょ、多分、街に住んでる誰かだから穏便にね!」
「それにしてはマナーのなっておらぬ奴だがな。よいよい、妾は礼儀を重んじる。ドアを無粋に叩く輩に対しても寛容に許してみせよう」

 ――いや、そもそもここは私の家では?
 そう思いはしたが、まるで自宅に居るかのように不遜な態度を取ったイザベラは軽やかな足取りで玄関を観に行った。

「えー、何だろうな。シキミちゃんに用事では無いはずだから、僕かユウシくんに用事があるんだろうけれど」
「ルッツさん、また提出書類の期限がギリギリだとかじゃないですか?」
「あったかなあ、締め切りのある書類なんて……。うーん、思い出せないや」

 ルッツがしきりに首を傾げている間に、玄関に居た人物を伴ってイザベラが戻って来た。彼女の後ろを付いてきた人物は教会などで見かけたローブ姿の人物だ。召喚士、というやつだろうか。
 ともあれ、その姿を見たルッツが肩の力を抜いて小首を傾げる。

「あれ、どうかしたのかい? 僕に用事かな?」
「ルッツさんと、そしてそちらのユウシさんにも用事が……主に仕事の」

 声からして恐らくは女性。困り切ったような声を発し、ルッツと浅田を交互に見やる。自分の案内をしていたから、2人とも不在で捜し回っていたのだろう。申し訳無い。
 仕事と聞いて背筋を伸ばしたのは浅田部長だ。その相棒であるイザベラはウキウキと、デート前の女の子じみた笑みを浮かべている。実に楽しげだ。

「私は部屋を見に行って来た方が良いですか? 時間が押しているようですし」
「いや、シキミちゃんも一緒に聞いておきなよ。場合によっては初仕事として一緒に行って貰うかもしれないし」
「え、もうお仕事ですか? 研修とか無いんですね」
「毎回パターンが違い過ぎて研修も何もねえ……」

 それはそうかもしれない。
 妙に納得した樒は離脱するためにソファから浮かし掛けた腰を、再度ソファに下ろした。