1話 こんにちは異世界

04.例のアプリと夏のアルバイト


「それで、話は仕事の形態に移るけど、ここまでで何か聞きたい事はある?」
「すいません、私の矮小な脳細胞では何一つ理解出来ないので、話を進めて貰っていいでしょうか。全体を理解したら、何か分かるかもしれません」
「うん、そうなるよね……」

 態とらしく咳払いして仕切り直しす間に、ルッツが口を開いた。それまでニコニコと謎に楽しそうな顔で浅田の説明を聞いていたが、今が口を挟むタイミングと確信したらしい。

「あまり心配しないでおくれよ、君達の事は僕らがしっかりサポートするからね。僕達みたいな、研究者だったり医者だったりする人達の事は一括りにサポーターって呼んでくれていいから」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「任せておくれよ」

 それでね、と浅田が言う。

「僕達って、この街――召喚都市・セインの中に一人一つ、別荘を持っているんだよね。そこで住み込みで働いているんだ」
「別荘……?」
「いや、本当にそれ以外例えようが無くて。後で見て貰うけど、すぐに理解すると思う。で、だ。ここに来て満を持してのアプリの話なんだけど……連絡アプリじゃなくて、僕達が夏のバイトで入れたアプリの方ね」

 バイトの時に入れたアプリ――何の事は無い、次世代ゲーム機、PIWで新しく発売されるアドベンチャーゲームの先行プレイに大当たりした。これは全国から数万人が応募するアルバイトで、ゲーム会社が地元だった事もあり文芸部で1枚の応募用紙を送ったところ、見事当選。夏休みにアルバイトをする事となった。
 このアルバイトの内容が、12月発売のゲームを先行プレイしつつ、バグを洗い出すというものとなっている。また、何が面白かった何がつまらなかったという意見を述べる仕事もあったので前半部分を3回程プレイさせられたのは良い思い出だ。
 2週間に及ぶアルバイトとなったが、帰る時にこの新作ゲームと連動するアプリを入れられた。それが、部長の言うバイトで入れたアプリの事である。
 このアプリもまだ名前が決まっておらず、仮名として『Sアプリ』と呼ばれていた。何のSなのかは不明。恐らくは召喚、『サモン』の頭文字『S』を取ったものだとは思うが。

「私、1ヶ月前には色々あって……満足にあのアプリ、開いてないんですよね」
「うーん、多分だからこそ遅れちゃったのかなあ。来るのが。まあ、今はそれはいいんだ。あのアプリ、発売ゲームで選んだ相棒をアプリで連れて歩けるって内容だっただろ」
「ええ。私達が推しが被らないように、部長が汗水垂らして調整したアレですね」

 最初に相棒を選ぶ類いのゲームだったのだが、選べる人数が5人。本編がかなり長そうだったのによくもバリエーションを増やしたものだと感心したのをよく覚えている。その選べる5人=先行プレイの人数が5人で被ると喧嘩必至という究極の状況だった。
 しかも、選んだ相棒は連動アプリで連れて歩ける。
 如何に仲間同士、文芸部同士とはいえ血で血を洗う戦争が起きる――事は、意外にも無かった。皆好みが違った上、それぞれ最初に選んだ相棒が誰とも被らないミラクルが起きたからだ。
 散々、アルバイトの趣旨を説明していた部長の安堵した顔と言ったら今思い出しても微笑ましい。

「それで、あの時に自分の意思で選んだ相棒。彼等彼女等は今僕達がいる、このアストリティアの住人なんだよね。だから、相棒は続投」
「……ああ。確か私はイグ何とかさんを選んだような……」

 ここで浅田は用心深く周囲を見回した。その行動の意を汲んだのか、ルッツがそっと呟く。

「イグナーツなら今日は不在だね」
「あ、そうですか。……ごめんね、有嶋さん。イグナーツさんには悪いけど、みんながとっとと決めちゃったから、君って残り物扱いだったでしょ」
「それは……。イグナーツさんが実在しているのなら失礼な話になるので、伏せておいた方が良いかと。それに、あの中に私の推しになるキャラはいなかった。別に問題ありません」

 文芸部のメンバーというのはゲームに対する姿勢やソーシャルゲームのプレイスタイルが全く違う、所謂自分流を推す人員が多い。それは恐らく自分にも当て嵌まり、如何に見た目が推しでも何でも無い初期キャラでも最初に自分が選んだという事実は覆らないので、ムッキムキに鍛えてしまう事はよくあった。
 最初に選んだ、それに価値があるのだと思う。
 例えば某ポケット怪物を育てるゲームでは最初の3体から選んだそれを一番強く、最初にレベルをカンストさせた。そういうものだと思うので、イグナーツがどういう人物であるのかは指して重要では無い。

「うーん、でもちょっとイグナーツさんはなあ。手綱の無い暴れ馬みたいな人だから」
「アプリで会話していた時も、そんな感じでしたね。当時はよく言葉を選ぶAIだと思っていましたけど」
「さて、それじゃあお待ちかね。仕事の内容についても軽く説明しようかな。何て言えばいいのかさっぱり分からないけど」
「説明が長すぎるので、そろそろ終わりにしたいですね」