1話 こんにちは異世界

03.お世話になる、予定のルッツさん


「説明は進んでいるかな?」

 不意に人気の無いこの場所に穏やかな男性の声が響いた。のろのろと頭を動かし、そちらを見る。黒い髪を一つに束ねた、白衣と白手袋を着用した男が立っていた。明らかに理科系の先生と言った出で立ちの彼。
 そんな彼を認めた瞬間、浅田は安堵したような弱り切ったような声を上げた。

「ルッツさぁん……」
「その様子だと何も進んでいないみたいだね。それじゃあ、まずは僕に彼女の事を紹介してくれないかい? ほら、僕達はやがていつも顔を合わせるようになるだろう」
「そう、ですね。彼女は有嶋樒、僕達の後輩です。結構冷静な子だと思います」
「うんうん、いいね。新しい仲間が増えるのは」

 そこでルッツと呼ばれた男はこちらを向き直った。薄い笑みを浮かべた穏やかな物腰は学校の相談室にいる心理士に通じるものがあるだろう。

「僕はルッツ。平たく言うと研究者かな。何の研究をしているのかは、お仕事の話になった時に説明するよ。あとは……簡単な応急手当なんかも出来るし、何かあったら取り敢えず僕に言ってくれて構わないよ」
「はあ……。有嶋樒と言います」
「うんうん、よろしくね、シキミちゃん」

 名前がルッツと言う辺り外国の方なのだろう。どことなく名前の呼び方がぎこちない。しかも彼が来たからと言って、肝心の現状説明は一切進んでいないという事実にやや焦りを覚え始めた。
 結局つまり、ここで自分はどうすればいいのか。部長達がずっとここにいると言うような事を宣っていたので、何かしらアクションが必要なのだろう。

 しかし、ここで部長の頭の整理が終わったようだ。すっと手を前に出し、「言いたい事はあるだろうがちょっと待ってくれ」のポーズを取る。部活中にもよく見た光景なので、毎度の癖で樒は口を噤んだ。

「よし、オーケー。じゃあまずはこの異世界について説明しようと思う」
「あ、はい。お願いします」
「ここ、今いるこの世界は『アーティア』っていう場所なんだ。僕や有嶋さん、ルッツさんみたいな普通の人間が暮らす世界」
「……念の為に確認しておきますけど、地球とかって惑星の可能性は――」
「無いね……。惑星っていう概念があるのかもよく分からないよ。そして、この世界なんだけど『複合型異世界』って言ってアーティアの他に3つ別の世界が繋がっているんだ」
「壮大な話になって来ましたね」
「そうだね。で、一応名前だけでも伝えておくね。『魔界・グランディア』、『幻想世界・アグリア』、『水氷世界・フリードリア』っていう世界があるんだ。まあ、僕達は足を踏み入れた瞬間、死んじゃうかもしれない場所なんだけどね」
「へえ……。この後にこの世界のお話と関係のある話が出て来る訳ですね」
「流石、有嶋さん。話が早いや」
「伏線を予め張っておくのは小説を書くにおいて必要な事ですから」

 はは、と浅田は照れ臭そうに笑った。入部当初、小説を書く時の手解きをしてくれたのは彼だからだ。

「それで、このアーティア。更に外の枠組み、4つの世界を含めた世界を『アストリティア』っていうんだけど……。ここには、僕達文芸部の選抜メンバーが集められた」
「そうなんですか? それじゃあ、部長以外にも来てるって事ですよね。えーっと、大体予想は付きますけど」
「うん、多分その予想通りだと思う。それでね、スマホ、持ってるよね?」
「あ、はい。これだけは奇跡的に制服のポケットに入っています」
「ああ、良かった。このスマホ、メッセアプリだけなら起動出来るから、僕達はこれで連絡を取り合えるんだ」
「本当ですか? さっき見た時、多分電波なんて立ってなかったと思うんですけど」
「それが……何故かそのアプリだけは使えるんだ。ごめんね、詳細は分からなくて」
「いえ、使えるならそれで」

 だけど、とここで浅田は目をそらした。彼が自分の意見――決められた情報を伝達する訳では無く、自身の意見を述べる時の癖を不意に披露する。

「――ただ、僕はね。夏休みに入れた例のアプリと関係があると思ってるんだよ。連絡系統に関わらず、僕達がここへ集められた理由に関してもね。ま、そう思った理由も後で説明するよ」
「了解です」
「そして、僕達が元の日常に戻る方法だけど。現状、戻る方法は無い。幾つか戻れる“可能性”のある方法があるけれど、それもうん百万人に被害が出るかもしれない状況で試す事も出来ない状態だよ」
「大勢に被害が出る?」
「ああうん。そこで、僕達は場を整える為に仕事をする事になった」
「お仕事ですか。私みたいな社会に出た事も無い女子高生に、仕事と名が付くものを満足に出来るとは思えませんけど」
「急に暗いな……。『召喚士』って言って、ほら、アニメとかでよくいる後衛の自分以外の魔物とかを戦わせる役職、あるだろ? それになって戦う、って感じが一番伝わりやすいかな。あれ? 家で据え置きゲーやるのって有嶋さんじゃなかったっけ?」
「私は雑食ですので、割と何でもやります。PIWはとあるメイカー専用機になってますけど。でも……事情だけは把握しました。早く帰るために、働くって事ですね。ただ飯食らい、もしくは餓死させられても困ります。仕方ない事じゃないですかね」

 働かざる者食うべからず。毎日の食い扶持を稼ぐ為の仕事が既に用意されていると思えば、仕方の無い事だと流すしかない。