1話 こんにちは異世界

02.部長の浅田


 しかし、何故ここに彼がいるのかを問い質す事は出来なかった。というのも、訳知りらしい部長の浅田は性急に話を進めようと矢継ぎ早に言葉を吐き出したからだ。

「有嶋さん、念のための確認なんだけど、スマホは持ってるかな?」
「え? ……そういえば、鞄とかどこに行ったんでしょうね。スマホはポケットに入れてたので、あり、ますね。はい」

 下校中だったので持っていた学生鞄は姿すら見当たらない。ただし、制服のポケットに入れたままにされていたスマートフォンの存在は確認出来た。この右も左も分からない状況で唯一の光明。
 固いプラスチック製のそれを引っ張り出した樒は画面をつけ、目を落とす。希望はすぐに絶望へと変わった。

「――圏外、ですね」
「ああうん、ここに電波を発してくれる物なんて無いからね。当然だね」
「部長、どうしてそんなに落ち着いているんですか?」
「え? いや、ここに来て結構経ってるし。というか、有嶋さんの落ち着きようの方が僕には気掛かりかなあ」
「私、どうしてここにいるのでしょうか」

 それなんだけど、とここで初めて部長は言い淀んだ。相変わらず、怪しげなローブ集団は自分達を遠巻きに見ている。極力、刺激しないように、まるで触れば爆発する爆弾のような扱いだ。
 すぐにあのローブの人達に何か助けを求めるのはお門違いであると悟り、再び浅田へと視線を移す。その一瞬の間に伝えるべき事の整理が付いたのだろうか。意を決したように、文芸部部長は事の概要を話し始めた。

「取り敢えず……ざっくり説明しちゃうと、ここって異世界なんだよ」
「ここは病院ではありませんよ、部長」
「ぐっさり行くよね、有嶋さん。僕も君が納得出来るようにじっくり説明したいけどさ、ほら、ずっとここに僕達がいると後ろの人等がお片付け出来ないから……移動しようか」
「一応確認なんですけど、あの人達は私を誘拐した人ではないという事で良いですか? 私にとって、危険人物では無いんですよね?」
「ああうん、何というか際どい事を聞いてくるなあ。んー、誘拐犯かどうかについては有嶋さんの判断によるけど、僕らにとって害がある存在かと言われると違うし……」
「歯切れが悪いですね。部費を削られた時の挨拶みたいですよ、部長」
「いやぶっちゃけ、部費削減はホントに堪えたよね。文化部に人権ってどうして無いんだろうか。まあ、そういう訳だから、とにかく移動しよう。立ちっぱなしじゃアレだし」

 確かにザ・文化部の自分に長時間の立ち話は危険だ。何せ、軽度の貧血持ち、学校の
校長による全体朝礼では7割の確立で座り込んでいるタイプの女子である。長くなると前置きされている話を立ち眩みする事無く聞き続けるなぞ不可能だ。
 それに相手は部長。警戒する理由も特に無いだろう、と樒は大人しく後に続いた。勝手知ったるその足取りに違和感すら覚えられない程だ。
 というか――冷静になって考えてみたが、彼は夏に海へ行って以降、謎の昏睡状態で病院に入院中ではなかっただろうか。

「まあ、いいか……」
「どうかしたかな、有嶋さん?」
「いえ、何でも」

 逆なら抗議のしようもあるが、起きている、意識を取り戻しているのだ。頓着するような事でもないだろう。

 ***

 大きな教会らしき建物を出、歩くこと数分。教会の次に大きな施設へやって来た。ただし日本ではあまり見ない建築様式であった事だけは述べておこうと思う。
 そんな建築物の1階、人気の無いロビーのような場所。そこでようやく浅田部長は足を止め、手頃なソファに腰掛けた。驚く程人がいないが、何より外を出歩いても誰とも出会わなかったのも大層不気味である。

「有嶋さん、一応この場所の説明をしておくね。後々よく使う事になると思うからさ」
「人いませんね」
「そうだねえ、呼べば誰かしら来るとは思うけれど……。えーと、ここは司令塔なんだよ。僕達に指示を出す人達が住み込みで使ってる施設で、僕達が集まる時も大体ここかな。大きな用事じゃなかったら、直接自宅にお邪魔するけど」
「はい? 何の司令を出す施設なんですか、ここ」
「うん。それも説明しないといけないかな」

 何から説明すれば良いんだろう、と悩んでいる部長をじっと監察する。
 自分は元々感情表現が下手くそなので落ち着いているように見えると言われてしまったが、実際の所はかなり混乱している。というか、何かを通り越して夢オチではないかとまで考えていると言って良い。
 ただしこの部長はゲームへの執着さえ覗けば普通の男子高校生だ。感情豊か、驚けば驚いた表情を。悲しければ悲しみを、その顔面に浮かべる事が出来る人物。
 現在、全く動揺の色が伺えないあたり、本当に彼は『結構長い事ここにいる』のだろう。今この訳の分からない状況に巻き込まれた人間に説明が出来る程だ。

「困ったな、何も知らない人に一から何かを説明するのって、難しいんだね」
「そんなにたくさん私に教える事があるんですか? 部活に入ったばかりの頃を思い出しますね」
「あの時の方がまだ楽だったよ……。あと有嶋さん、僕の事見過ぎ」
「すいません」

 整理にまだ時間が掛かりそうだ。
 半ば現実逃避をするように樒は周囲を見回した。と言っても、特に興味を引く物は無いが。