1話 こんにちは異世界

01.学校からの帰り道


 理路整然と並ぶ1人用の机、据えた木造建築と通常建築の織り混ざった匂い。ざわつく校舎には子供世界の秩序的な謎めいたエネルギーのようなものが満ちていると思う。

 学校、校舎内、放課後――
 それらの単語で想像出来る全ての光景が目の前に拾っているようだと、有嶋樒は少しばかりうんざりしたように溜息を吐いた。
 他人事のように学校内部の喧噪を見つめているという事は即ち、観測している本人はその輪の中には居ないという事に他ならない。何となく集団に馴染めない、どことなく共同体から一歩だけ離れている。それが現状だ。

 ――今日は部活の日……。あ、でも。
 本日は火曜日、忙しくない時は週に2回の文芸部。主に小説を書いたり、ただ漫画本を1日読んでいるような部活だ。ただ、この部活は現在運営が出来ない状態にある。
 さて、帰宅しようと学生鞄を手に取ったところで、動きが止まった。

「ねえ、知ってる? ほら、隣のクラスの女子生徒」

 それは何気ない噂話の類いだったのだろう。クラスメイトが囁くように、しかし多分の愉しさを孕んで発した声。あまりにも心当たりのあり過ぎるその『噂』に帰ろうとしていた足が止まってしまった。
 そんな樒の変化になど気付く事無く、2人組の彼女等は言葉を続ける。

「あー、知ってる。あれだよね、事故って……。あの子と同じクラスのみっちゃんがお葬式に行ったって言ってたもん」
「そうそう。私も教室に行ったんだけど、花置いてあったわ。それで? その不謹慎ネタがどうしたのさ」
「ほら、文芸部。今、活動停止中でしょ」
「あー、いやだって部員が謎に入院中なんでしょ。部活どころじゃないわ。可哀相にねー、10月文化祭で部活やらなきゃいけないのに」
「その文芸部と、隣クラスの女子と関係ある人居るじゃん。確か――」

 がたん、という音を立ててしまった。動揺が行動に繋がったのかもしれない。話をしていた2人が驚いたようにこちらを見、そして取り繕うように下手くそな笑顔を浮かべた。

「あ、有嶋さん! 今から帰り? 気を付けてね……」
「うん。さようなら」

 金縛りが解けた身体で足取りも重く教室を後にする。BGMに先程の女子生徒達の「ちょっと! 場所考えてよね!」と言い争っている声を聞きながら。
 別に、彼女等は悪くはないのだ。ただただ、校内で起きた不可解で恐怖を掻き立てるような噂の話をしていただけ。ニュースでよくあるいじめの兆候も一切無い。ああやって、無神経な事を話してしまうきらいはあるけれど。

 靴を履き替え、校舎の外へ。
 下校路を歩きながらぼんやりと考える。

 最近、人生がつまらない。そもそも普通に生活して生きていられれば、特段何を考える訳でも無い性格だったが、最近は生活すらままならないのだ。
 隣のクラスにいた親友は車と衝突。運悪く背後の塀に挟まれ、行った葬式では顔すら見る事も叶わなかった。更に1年の時から所属していた文芸部は海に行った後から謎の昏睡状態。
 海には自分も行ったので、別の原因がある可能性もあるが。
 とにかく、地に足が着いていないような気分が抜け切らない。現実が現実でないような、ずっと地面が揺れていてうんざりしてくるような気分だ。
 ――明日も学校か。行きたくないな。

「えっ」

 心中でそう呟いた瞬間だった。ぐらり、と視界が揺れる。まさか、度重なるストレスによる立ち眩みかと一瞬だけ考えた。が、直後には視界が暗転、感覚という感覚が消え失せた。

 ***

 視界が真っ暗になったと認識したと同時、まだ自分が両足を着けて立ったままでいる事も認識した。
 我に返り、下ろしていた目蓋をゆっくりと上げる。

「……は?」

 全く知らない場所。天井は通常の建築物より異常に高く、なんとかの大聖堂だったり、学校の体育館くらいの天井の高さはあるだろう。というか、外を歩いていたはずなのに何故急に室内なのか。
 周囲には白いローブを着た人間が数名立って、何事かを話している。このローブというのもまず現代日本で見かけるものではないだろう。レインコートと言えばそれが一番近いレベルで見ない服装だ。頭からすっぽりフードを被っているのでてるてる坊主のような集団にさえ見える。
 そして何より床の模様。ファンタジー世界のような魔方陣が大きく描かれている。何て素敵なんでしょう。

 それにしても訳の分からない光景だ。ぶっ飛び過ぎていてどうリアクションを取れば良いのかも分からない。しかも一応人間の言葉が通じそうなてるてる坊主達は遠巻きにこちらを見るだけで、近づいて来るつもりは無いようだ。
 どうしようも無いので呆然と突っ立っていると、その人達を掻き分けるようにして青年が一人近づいて来た。というか、彼は――

「あ、部長……」

 文芸部部長・浅田裕司。合理主義の鬼と部内で囁かれている、ソーシャルゲームの廃課金ゲーマーだ。よくその両手に魔法のリンゴカードを携えているのが特徴的。その為に夏は海の家と新作ゲームの体験プレイのアルバイトをやらされた。
 非常にどこにでもいそうな覚えづらい顔と皆に言われる彼は、この場で日本人顔が浮いているが為に最高に覚えやすい顔へと変貌している。

「有嶋さん、待ってたよ! 良かった、このまま来ないんじゃないかと……」
「いや部長、何ですかこの状況」

 3年の先輩であるのでいつもの通りに話し掛ける。というか、よくよく考えてみたらこの意味不明な場所に居るこの部長も大分意味不明だ。