第5話 浮き草達の掟

07.友達の友達は友達


 ビエラさんの意図を計りかねていると、彼女は一歩ぐっと踏み出してきた。会話に適切な距離だったはずが、会話するには近すぎる距離へと変わる。

「いいですか、エレイン。貴方は私も連れて、ミスト支部へ行くのです。いいですね?」
「え……、いや、その」
「いいですね?」
「……はい」

 脅迫めいた言葉の響きに首を縦に振る。振りざるを得なかった。
 一部始終を見ていたリリちゃんがフォークをカチャリと置いて、肩を竦める。

「今日はやけに熱心だね〜、ビエラ〜」
「ミスト支部には悪い噂が絶えませんから。子供だけで行かせる訳にはいきません」
「ほんと〜に、そう思ってるぅ? あんまりにもムキになるから〜、お姉さん、ちょっと驚いちゃった〜」
「貴方が姉とは。片腹痛い――事実ですね」

 リリちゃんはこれでもエルフの端くれ。そりゃ当然のようにここにいる誰よりも高齢だ。そして、その高齢と言うのは私とビエラさんの年齢を足して倍にしたくらいの数字である。

「あの、ビエラさん。一つ良いですか?」
「何でしょう」
「ミハナの件なんですけど、あの、うちの村は余所者を嫌う傾向にあってですね……。ミハナが嫌がるようなら、ビエラさんの事は連れて行けそうにないです」

 ミハナの実力は――というか、保有する技能は本当に凶悪だ。彼女が望まずとも、他者をあっさりあの世送りに出来る技能と言えるだろう。よって、ミハナを刺激するような事はあまりしたくない。
 凶悪な技能を持っていても、相手を殴り殺す事に関して罪悪感を覚え無いような冷血な人間ではないのだ。

「そういうわけで、先にミハナに話を通して来ますから!」
「……ええ」

 ビエラさんが納得したのを見届け、今度は浮き草の村へ跳ぶ。景色が塗り代わり、草原の壮大な匂いが鼻を付いた。何と言うか、雑草の青臭い香り。

「うわ吃驚した! どうだった、エレイン。遅刻するって伝えてきた?」

 目を白黒とさせたミハナが、しかし慣れたようにそう訊ねてくる。私は素早く用件を切り出した。

「いや、それは良いんだけどさ、うちの店にいるあのー、保護者? 的な人が一緒に付いてくるって言い出したんだけど……」
「保護者? 何で?」
「私達2人でミスト支部に行くのが不安なんだって。たぶん、付いてくるだけだし大人だから上手く話を納めてくれるかも……どうする?」
「その人はエレインの同僚なの?」
「と、友達? でもあり同僚でもあるかな!」

 スイーツ工房の愉快な仲間達は確かに同僚であるが、2年この面子で回してきた、謂わば同志のような存在でもある。ただの同僚ではないのだ。
 その意思を汲み取ったかのように、ミハナは薄い笑みを浮かべた。

「まあ、友達の友達は友達って事で。私は別に何でも良いよ」
「あ、ほ、ホント? じゃあ、ビエラさんを先にミストまで送ってから、ミハナを迎えに行くから」
「了解。待ってるから早くしなよ」

 ***

 ミストの街。
 王都を除いた街人口のトップ3に必ず入っている巨大な街の一つだ。それを象徴するかのように、魔物避けの巨大な壁が高々と聳え立っている。この壁を越えられるのは飛行能力を持った魔物だけだろう。
 しかも、その魔物の対策もおよそ完璧。高く聳え立つ迎撃用の高所武器。巨大なそれは、当たりさえすれば薄い身体の鳥系魔物は一溜まりも無い事だろう。

 そんな物々しい風景の中、私は別の理由で胃を痛めていた。
 互いに見つめ合う――否、睨み合うビエラさんとミハナ。互いに一言も発さず、異様な空気だけが尾を引いている。これは私が仲裁し、仲を取り持たなければいけないのか。それとも黙ってことの成り行きを見ていればいいのか。

「――こんにちは。私、ミハナ。よろしく」

 口火を切ったのはミハナだった。握手を求めるように差し出されたその手に対し、ビエラさんは恭しくお辞儀をする。何だろう、この圧倒的に何かが噛み合っていない感じ。

「初めまして。私、ビエラ・ハルヴァートヴァーと申します」
「ご丁寧にどうも。何か保護者って言ってたけど、多分手は出る。止めても無駄だから、絶対に私の背後から近付いたり、いきなり前に飛び出して来たりしないでね!」
「ええ、エレインの方から特殊な技能をお持ちだと、前々から聞いていました」
「あ、ホント? 分かってるなら良いんだけど。お姉さん、ケーキ屋なんでしょ?」
「いえいえ、これでもかつてはギルド員の端くれでした。技能保持者の目の前に飛び出すような素人ではありませんよ、お気遣い無く」
「転職系なわけね! はいはい、ギルドに愛想尽かしたパターンだ!」
「ええ、そうですね。ケーキ屋さんの方が、私の性には合っていたようです」

 ――あ、何か仲良さそう。
 絶対的に相性が悪いという事は無さそうで安心した。これからこの面子で何時間過ごすか分からないのに、気まずい空気が流れたらどうしようかと本気で心配していたが、杞憂だったようだ。
 というか――

「え? ビエラさん、ミハナの手が出ないように保護者って事で着いて来たんじゃ……」

 ビエラさん、戦う気満々過ぎじゃね?