第5話 浮き草達の掟

06.ビエラさんの親切心


 あの人たちこわかった、と悲しげに呟いたのは先程までミハナに絡んでいた村の子だった。名前は確か、シャリーちゃん。

「村長さんにわるい口でわーってどなってて、いつおじちゃんが怒りだすかなって……」
「そっちか! ええ? 村長に喰って掛かったって事? そのギルドのマスターさん、よく無事に村を出られたよね。過激派の皆様方に粛正されなくて本当に良かったわ」

 私の言葉が聞こえていたのかいないのか、男の子――レジーくんが昨日の再現でもするかのように両手を上に挙げ、精一杯恐い顔を作ってみせた。ただただ微笑ましい。ただそれは、どちらの表情を再現したのだろうか。村長か、ギルドマスターのブレヒトさんか。

「どう思う、ミハナ。ミュールさんの件と昨日起こった事って関係あるのかな? それとも偶然?」
「何とも言えないさ。だって、私達は現場を見てた訳じゃ無いし。でもまあ、顔出してみる? ミスト支部に。いなければいないで良いし、いたら奪還してくればいいじゃん。ミュール」

 待て、とロヴィーサさんが更に眉間に皺を寄せた。何か思い出した、とでも言わんばかりの顔だ。

「いや、ブレヒトとかいう余所者、確かに言っていた。『貴方方は、必ずギルドへ足を運ぶ事になるだろう』、と」
「それで誘拐事件? 失笑ものだよね。よし、エレイン! 私をミスト支部まで連れて行ってよ。暴力で私達が思い通りに動かせるだなんて、とんだ思い過ごしだったって刻みつけてやるわ。まあ、具体的に言うと二度とギルドのマスターなんて名乗れないようにしてやらないとね!」

 いやいやいや、と殺意も血圧も高そうなミハナを押し留める。こいつは何を言い出すんだ。問題になると、私まで公共の施設を使う時に白い目で見られるようになるのだから勘弁して貰いたい。

「ちょっと一旦落ち着こう? ミュールさんを取り返すだけなら訳無いし、私が行って逆誘拐して戻ってくれば万事解決! そんな死人が出そうな事、する必要ないって。波風立てず堅実に生きよ?」

 ――あと、そろそろ仕事に行く時間っていうか、付き合っていたらバイトに遅れる。しかし、ミュールさんの人命も懸かっているし一度スイーツ工房へ行って遅れる旨を伝えた方がいいかもしれない。
 何にせよ、早まった行動をすべきではないだろう。ミハナもああ見えてすぐ頭に血を上らせるタイプだし、懐くと相手に尽くしちゃうタイプでもある。
 恩のある村の人間が攫われたと聞いて、大人しく続報を待つ質ではないだろう。早急に現状を改善しなければならない。

 私が悶々と考え事をしていると、ロヴィーサさんが肩に手を置いた。静かな視線と私の胡乱げな視線が交錯する。

「エレイン、無理に行く必要は無い。ミハナはともかく、お前の技能は決して戦闘向きとは言えない。怪我をされるのは困る」
「あいや、そういう感じじゃなくて、バイトに遅刻するんで店長に伝えて来ようかと……」
「……早く行って来なさい。お前の職場は、お前が何も連絡せず姿を消せば心配する」
「了解……」

 もう一度、何事かやらかしそうなミハナを見やる。ロヴィーサさんは静かに首を縦に振った。私の代わりに、彼女の事を見ていてくれるという意味だろう。
 一瞬だけ躊躇した私は、浅く息を吐くと一息にスイーツ工房内部へと跳んだ。

 ***

「おはようございます! ちょっと良いですか!」

 スイーツ工房へ入ってみると、ビエラさんとリリちゃんがいた。ビエラさんは壁の拭き掃除を、リリちゃんは相も変わらずケーキを頬張っている。いつも通り過ぎる光景の中、急ぎの用事がある私だけが明らかに浮いていた。

「どうされました? 今日は早いですね、エレイン」
「ああいや、すいません、ちょっと村でトラブルが起きてて。今日は遅刻しそうなんですけど、急ぎの仕事とかあります?」
「ありませんよ。……理由を聞いても?」

 特に隠す事も無いと思ったので、事の概要をビエラさんに相談する。終始無表情だった彼女はしかし、話を聞き終えると僅かに表情を歪めた。

「危険な事に巻き込まれているようですね。私が、保護者として貴方と一緒に、ミスト支部まで行ってさしあげましょうか?」
「……え? ビエラさんが、ミスト支部まで?」
「そう言いました。ミハナさんとやらも、貴方と同じ歳くらいの女性なのでしょう? ギルドの支部へ奇襲――失礼、直談判しに行くのに大人が居た方が都合も良いはずです」

 着いて来てくれるのであれば心強い。ビエラさんは基本的に何においても中立、常識の観点からものを語れる大人だ。
 が、しかし、今のうっかり溢れた挑戦的且つ好戦的な「奇襲」という言い間違いが不安を煽る。彼女にはファイター気質があるのも事実だ。それは、店へ奇襲を仕掛けてきては返り討ちにされている強靱な魔物達が証明している。
 しかも、何故いきなり村の問題に関して手伝いじみた申し出をしてくるのかも謎だ。